悠子-22
「ほら、どうだ? ジュース買ってきたから飲むといい」
「有り難う。マスターも半分飲みませんか?」
「僕はアップル・ジュース好きなんだけど、それは余り好きじゃ無いんだ」
「え? これってアップル・ジュースじゃ無いんですか? アップル・ジュースって書いてあるけど」
「ああ、あの、アップル・ジュースって透明な奴と濁ってる奴があるだろう? 知らないかな」
「あ、知ってます」
「で、僕は透明な奴は好きなんだけど、濁った奴は何だかドロッとしてて好きじゃ無いんだ。透明な奴探したけど置いてなくて」
「ああ。そうですか。それじゃ私が透明にして上げましょうか?」
「え? どうやって」
「コーヒーのフィルターがあったでしょう? あれで」
「ああ。あんなので出来るかな」
「やってみますよ」
「いや、君の為に買って来たんだから、君が厭でなければそのまま飲んだら?」
「いいえ。私も透明なのが好きなんです。マスターがそうなら」
「僕がそうならって、君の好みは僕と関係無いだろ」
「マスターが好きなのは私も好きなんです」
「何だい、それは。まるで僕の女房みたいなこと言うんだね」
「奥さんもそうだったんですか?」
「ああ。グストモ、グストコ。アヨモ、アヨコって言うんだ。貴方が好きなら私も好き、貴方が嫌いなら私も嫌いっていう意味のタガログなんだけど」
「タガログってフィリピン語ですか?」
「そう」
「グストモ、グストコ。アヨモ、アヨコですか。何だか気持ちいい言葉ですね」
「そうお? まあ、愛してるって言うのと同じだな。お題目なんだよ。念仏みたいなもんだ。実際は女房は僕の好きな物でも食えない物がいっぱいあったし、僕の嫌いな物で好きな食べ物もいっぱいあったよ」
「奥さんはどんな物が好きだったんですか?」
「僕の嫌いな物で彼女が好きな物って言ったら煮魚だな。まあ、他にもフィリピン料理ならそういうのは沢山あったけど。それから逆に僕が好きで彼女が嫌いな物は、日本の独特の食べ物は大体そうだったね、やっぱり。納豆とか、漬け物とか」
「日本の食べ物はやっぱり駄目だったんですか」
「うん。全部では無いよ。焼き海苔なんて好きだったし、ウナギの蒲焼きなんて毎日だって食べるくらい好きだった」
「ああ、ウナギってフィリピンにはいないんですか?」
「いや、ウナギはいるんだけど、蒲焼きみたいな味付けにはしない。大体ああいう甘辛い味って日本の独特の物だろう? カツ丼とか肉じゃがとかすき焼きとか醤油と砂糖で味付けする物が多いじゃないか。他にもきんぴらゴボウとかヤキトリとかいっぱいあるだろ、そういう味付けのが。フィリピンにも醤油はあるし、砂糖も勿論あるけど、両方使って甘辛く味付けするっていうことは無いな」
「フィリピンにも醤油ってあるんですか?」
「あるよ。醤油と味の素は何処の家庭にもあるくらい日本と同じように普及しているよ。味の素は日本の味の素なんだけど、醤油は大体現地のメーカーの物でちょっと日本の物と味が違う感じがする。でもまあ大体同じだな」
「フィリピンには良く行ったんですか?」
「ああ、それは年に2回は行ったね。1回行くと少なくとも1ヶ月は行っていたから、年に2ヶ月は向こうで暮らしてたことになる」
「いい所ですか?」
「まあ、それは一言で言うのは難しいな」
「一言じゃなくていいから、聞かせて下さい。私マスターの話を聞くのが大好きなの」
「そうか? 君は聞き上手なんで何でも喋らされてしまうな」
「そんなこと無いですよ。セックスの様子は詳しく喋る訳に行かないなんて言う癖に。1番聞きたいことなのに」
「へ? 人のセックスがどんなかなんて聞きたいの? 変わってるね」
「そうですか? マスターはそういうの無いですか?」
「うーん。まあ、見たいとは思うけど聞きたいとは思わないな」
「見たいんですか?」
「だからそれはポルノを見たいっていうのと同じ感覚だよ。特に知ってる人のセックスだから見たいっていうんじゃなくて」