悠子-2
「あの、いろいろどうも有り難う。此処はどの辺なんですか?」
「ああ、タイヨーってスーパーがあるだろう。知ってる?」
「ええ知ってます」
「そのビルの6階」
「ああ、私そのビルの玄関で寝ていたんですか」
「そう」
「おしっこしたって本当ですか?」
「本当だよ。多分玄関で座って寝ている時にしたんだと思う」
「そしたら汚い体でおじさんのベッドに寝てたんですね。ご免なさい」
「いや。ちゃんと濡れタオルで拭いてやったよ。そんなことしたくは無かったけど、いや、したかったのかな。その・・・つまり厭らしいことするつもりは無かったけど、まあ、厭らしいことをしたことになるのかな。タオルであそこを拭いたんだから」
女の子は初めてちょっと微笑んで光太を見た。
「どうもいろいろ有り難う」
「多分頭が痛くて死ぬほど辛いだろうけど、これを飲んでごらん。二日酔いにはこれが一番いいんだ」
「何ですか? これは」
「アップル・ジュースだよ。嫌いかい?」
「いいえ、嫌いじゃないけど今は何も要らない。お水を下さい」
「うん。分かってるけど水の前にこれを飲みなさい。薬だから。果糖・・・果糖って果物に含まれる糖分ね、これはアルコールを分解する作用があるんだ。それにアルコールを分解するには多量の水が必要なんだ。だからアップル・ジュースと水を沢山飲めば二日酔いが早く治る」
「それじゃ、飲んでみます」
「そうそう。はい、それから水」
「ああ、おいしい。少しは生き返ったみたいな気がする」
「そう、もし飲めるようならジュースも水ももっと飲むといいんだ。おしっこが出ればそれだけ回復も早い」
「あの・・・」
「何?」
「お独りなんですか?」
「ああ、女房とは死に別れた。女房がいたら凍死しそうでも女の子を連れては来れないさ」
「そうですね」
「まあ、その服貸してもいいんだけど、又ベッドに戻って寝るといい。その間に服と下着を洗濯してやるから、起きる頃には乾いていると思う」
「あ、済みません。いいです、自分でやりますから」
「いいよ。どうせ僕の服も洗濯するから一緒に洗濯機に入れるだけのことだ」
「本当に済みません。あの、本当にもうちょっと寝てもいいでしょうか?」
「ああ、僕は構わない。誰か心配する人がいるなら、友達の家にいるからって電話しておくといい」
「あ、別に誰もいないんです。そんな人1人も」
「そうか。それじゃ早く寝なさい。変なことはしないから。するならとっくにしてるから」
「はい」
女の子は又ちょっと微笑んでベッド・ルームに行った。光太は洗濯しながら昨日の売り上げ伝票を整理し、両方終わると自転車でウィスキーを買いに行った。ビールは出入りの酒屋に配達して貰うが、ウィスキーとかブランデーは配達して貰うと高いし、そんなに沢山出る訳では無いので、時々光太が自分で安売りの酒屋に買いに行くのである。6本ほど買って店に置いてから戻ってくるとまだ女の子の靴が玄関にあった。まだ寝ているのだろう。そう言えば名前も年も聞いていなかったと気付いたが、どうせこのまま縁のない人になるだろうからそれで良い。礼をしに来るかもしれないが近頃の若い人だからそんなことは考えもしないのかも知れない。礼をして貰いたいとも思わないし。起きた時に着る服が無いのでは可哀想だから、一旦ベランダに干したけれども、コインランドリーに持っていって乾かしてくるかと思い、自分の服も一緒に取り込んで再び外に出た。随分小さい下着を穿いてるんだなあと思いながら乾燥機に入れ、新聞や雑誌など置き散らかしてある物を読みながら時間を待った。乾いた服を持って戻ると女の子が丁度トイレから出てきたところだった。