1.売られた少女-1
1. 売られた少女
亜熱帯の美しい海に囲まれた小さな島国。
この島を取り囲む海は豊かな漁場、古くから漁業が盛んに行われて来た。
また、この島の土壌は良く肥えていて、亜熱帯性の気候もあいまって野菜や果物、穀物も豊かに実る。
そんな環境の中、島の人々は豊かに、穏やかに暮らして来た。
だがそんな暮らしは、先進国の商人が豊富な魚や農作物に目をつけてやってきた時から狂い始めた。
当初は現金収入の道がつけられた事で彼らを歓迎していたが、買い付けに来る商人が増え、やがて食品加工の工場が次々と建てられるようになった。
作物や魚はその日食べる分、余っても物々交換の対象でしかなかったのだが、それらが現金に化けるようになると、農場主や網元は蓄財に精を出し始め、やがて価格競争が始まり、その結果、漁師や農民、そして加工工場で働く者たちは締め付けられ、貧富の差が広がって行った。
力を持った商人や工場主たちは賄賂で政府を丸め込み、やがてこの国は一部の富裕層と多くの貧困層へと二極化が進んで行った。
11歳のリン、彼女の父親は小作人だ。
頑強な働き者で、収入は薄いがそれを多くの汗で補い、妻とリン、そして二人の弟たちを養っていた。
母親は美人の評判が高いが、身体が弱く畑仕事には向かない、リンはそんな母を手伝って収穫物の仕分けをしたり家事をこなしたりして暮らしていた。
決して豊かではないが、仲の良い両親の元、平穏な暮らしだった。
そんな暮らしが暗転させる大事件が起こった、父の急逝だ。
収穫の際に誤って鎌でつけてしまった小さな傷、そこから入り込んだ細菌が父の頑強な身体を蝕み、あっという間に命まで奪ってしまったのだ。
残された家族はいきなり困窮に直面させられた。
弟たちはまだ8歳と6歳、とても畑を守ることなど出来ない、リンもまだ11歳、母に似て小柄で非力だ、畑の手伝い位なら何とかできるが……。
そんな一家が取れる唯一の手段、それが何かをリンは知っていた。
昨年、村でやはり働き盛りの男が事故で亡くなり、15歳になる娘・マヤが村から姿を消した、リンはその理由を知っている。
「明日、人買いが来たらあたしはこの村にいられなくなる、娼館に売られてしまうの……」
せめて誰かに話さないことにはいたたまれなかったのだろう……娼館では一日に何人もの客を取らされること、限られた時間の中で何度も射精しようと娼婦を乱暴に扱う客も多いらしいこと、脱走しても連れ戻されて酷い折檻を受けたり、ほかの娼婦が嫌がる客を押し付けられたりすること、病気になっても治療費と娼婦としての価値を天秤に掛けられて見殺しにされることもあるらしいこと、そして歳が行き用済みになって放り出された娼婦の多くが辿ることになる末路のこと……マヤは座り込んだ膝の間に頭を埋めるようにして語った。
リンは心底同情したが、まさか翌年自分が同じ目に遭うことになろうとは、その時は思ってもみなかった……。