『第1章 その警察官、秋月 遼』-7
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明くる日は休日だった。
10時を過ぎた頃、秋月家に来客があった。
「あ、海晴(みはる)義姉さん。いらっしゃい」
「ごめん、アポなしできちゃった。今日は休みなんでしょ? 遼も」
「はい。どうぞ、上がって下さい」
遼の実姉、海晴(36)は遼の六つ年上だった。すらりと背が高く、ウェーブショートの髪をダークレッドに染めている。
「はい、梅干しのお裾分け」
海晴はバッグから深紅の梅干しがぎっしり詰まった少し大きめのタッパーウェアを取り出した。
「わあ、いつもありがとうございます」
「今年は土用干しの時にもういいよ、ってぐらいピーカンが続いたから、去年のよりちょっと固めにできちゃった」
「そうなんですね。でも紫蘇の色もきれいについてるし、美味しそう」
「遼は酸っぱいモノが苦手だから、毎日食べさせてやってね」
海晴は悪戯っぽくウィンクをした。
「はい。お弁当に毎日入れてます。まだ去年頂いたもの少し残ってるから遠慮なく」
二階から遼がスウェットスーツ姿で降りてきた。
「なんだよ、姉貴、いきなり訪ねて来て」
「何よ迷惑そうに。いつものことでしょ?」
遼は呆れたように笑って姉海晴をソファに座らせると、センターテーブルを挟んだ向かいに腰を落ち着けた。
「暑かったでしょう? どうぞ」
亜紀は運んできたアイスコーヒーのグラスを海晴の前に置き、もう一つを遼に手渡した。
ありがとう、と言って受け取った遼は、ストローで一口飲んだ後、それをテーブルに置いた。亜紀も自分のグラスを手に持って遼の隣に座った。
「美味しそうな梅干しを頂いたのよ。今年も」
遼は顔を顰めた。
「ええ? 僕は梅干しを美味しいと思ったことなんか今まで一度もないんだけどな」
「なんて不幸なオトコ。梅干しの美味しさがわからないなんて」海晴はそう言って遼を斜に見た。「身体を動かす仕事してるんだから、梅干しはあんたに必要よ。塩分だけじゃなくてミネラルも補給できるし、クエン酸による疲労回復効果もあるんだから。警察官が熱中症になった、なんて笑い話にもならないわよ」
「食べてますよ」遼は反抗的に言った。「毎日弁当に入れられてる」
あはは、と笑って海晴はアイスコーヒーのグラスを手に取った。
「あんたたちも結婚して五年が経つんだね。早いもんだ」海晴はグラスの半分ほどのコーヒーを一気に飲んで、ストローを口から離した。「そう言えば昨日は亜紀ちゃんの誕生日だったんでしょ?」
「はい」
「よく覚えてるな、姉貴」
「記念日マニアって呼んで」
海晴は笑って、またストローを咥えた。
「ところであんたたちの初体験はいつだったの? やっぱり夏休み?」
口の中のコーヒーを噴きそうになって、遼は慌てた。
「高三からつき合い始めたわけでしょ?」
「きゅ、急に何を言い出すんだ、姉貴」
遼の横に座った亜紀が言った。「つき合い始めて二週間後ぐらいだったかな。あたしの誕生日に合わせて身体を許しました」
「へえ! ってことは昨日があんたたちの初体験記念日だったってわけ?」
「何でも記念日にするなよ」遼は赤面して背を丸め、ストローを咥えた。
「亜紀ちゃんにとって、遼は初めての男だったの?」
亜紀は顔を赤くして頷いた。「はい」
「そっかー、でも、その時遼はすでに童貞じゃなかったのよね。ごめんね」
遼はコーヒーを口に入れたまま固まり、姉海晴を睨んだ。
「遼の初めてのお相手って、この海晴お義姉さんだったんでしょ?」
ぶーっ! 遼は派手にコーヒーを噴き出した。
「そっ、そっ、それは!」
遼は耳まで真っ赤になっていた。
「10月27日。忘れもしないあたしと遼の禁断の姉弟相姦記念日。あっはっは!」
海晴は高らかに笑った。
遼は落ち着かないように腰を浮かせて亜紀に目を向けた。「ど、どうして亜紀が知ってるの? そのこと」
「結構前に訊いたよ、お義姉さんから」
遼は海晴を睨みつけた。