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「そのチョコを食べ終わる頃には」
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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『第1章 その警察官、秋月 遼』-3



 高校三年生に進級し、新しいクラスで遼は、冷静な判断力と強い責任感、加えてえこひいきをしない誠実な人柄と柔らかな物腰が買われ、文句なしの学級委員長に選ばれていた。結局彼はその人望の厚さで一年生の時から三年間連続でクラスの学級委員長をさせられていたのだった。

 六月のある日、遼は生徒昇降口で途方に暮れていた。
「朝から降ってなかったから油断した……」
 そう独り言をつぶやいた時、背後からよく通る高い声がした。
「秋月くん」
 遼が振り返ると、小柄な女子生徒が頬を少し赤くして立っていた。
「あ、薄野さん」
 それは遼と同じクラスの薄野亜紀(すすきの あき)だった。
「雨が降ってるのに傘が無くて困っている。ってとこ?」
「あ、ああ」遼はばつが悪そうに頭を掻いた。
「これ、使って」
 亜紀はベージュ色の折りたたみ傘を遼に差し出した。
「え?」
「もう一本あるの」亜紀はそう言って左手にぶら下げていた傘を持ち上げて見せた。「それ、ずっと前に持ってきてて、ロッカーの中にしまってたの」
「そ、そう……」
 亜紀は小首を傾げて口角を上げた。「この花柄の方が良かった?」
「い、いや、こっちで……あ、ありがとう」
 遼は慌ててそう言うと、思わず亜紀から目をそらした。
「じゃあね。返すのはいつでもいいから」
 亜紀はそう言ってそそくさと靴を履いて、雨の中に愛らしいマーガレットの花柄の傘を広げて駆けていった。

 それが遼と亜紀との初めてのちゃんとした会話だった。



 ベッドの上で亜紀は遼の鼻の頭をつついた。
「遼は気づいてなかったかも知れないけど、あれがあたしの精一杯のアプローチだったのよ」
「え? そうだったの?」
「やっぱり……」亜紀は呆れた様に眉を下げた。
「あれのどこがアプローチだったんだよ」
「評判通りの鈍さね、遼」
 亜紀は笑った。



 薄野亜紀が貸してくれた傘は女性用でサイズが小さく、家に帰り着くまでに遼の左肩とバッグはしたたかに濡れていた。
「薄野亜紀さんか……いい人だな」
 玄関でぐっしょりと濡れた靴を脱ぎながら遼は言った。

 そんなことがあってから、遼は亜紀を気にするようになっていた。特別目を引くような美形ではないが、いつも穏やかな微笑みをたたえていた。友人も多く、しかし他人の意見に振り回されない芯の強さを持った女子生徒だった。遼と女子の委員長聡美が司会を務める学級の討議会でも、感情に流されず、義理にも折れずに正当な意見を落ち着いた口調で発表するので、クラスの話し合いがとてもスムーズに進んだ。遼は亜紀に対して次第に『いい人』以上の気持ちを持ち始めていた。
 遼が亜紀に対して感じているそんな気持ちは、他の男子も同じように持っていたようだ。亜紀は地味なビジュアルの割に、男子生徒からとても人気があるようだった。
 七月の初め頃から、同じクラスメートの狩谷省吾が亜紀に度々接近するのを目にするようになった。遼はその様子を見る度に、胸の辺りに焼け付くような熱い想いが渦巻くのを感じていた。そして気づいた時にはいつしか亜紀に言い寄る男は狩谷以外には見られなくなっていた。それは狩谷のヤツがライバルたちをことごとく排除したせいに違いないと遼は確信していた。
 サッカー部の主将を務めるその狩谷省吾という男は、遼の目にはがさつで声が大きく、粗暴な印象しか持てなかった。いつの間にか遼は、亜紀があんなやつとつき合ったりしたら、その聡明で穏やかな性格がねじ曲げられてしまう、と自分勝手に思うようになっていた。
 そう、自分でも気づかないうちに、遼は薄野亜紀のことばかりを考えるようになっていたのだった。


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