『貝殻の風景』-2
きっとまた風に飛ばされないようにだろう、少女は帽子を少しきつめに被ってから手にしていた日傘を差した。
緩やかな風が少女のワンピースの裾をひらひらとなびかせていて、日傘を持つ手は服に負けないぐらいに白く、夏の海には不釣り合いに感じた。
『次は飛ばされないように気をつけろよ?』
半分照れた俺はぶっきらぼうにそう言うと、駆け足で帰って行った。だけど、海の家に帰ってからもあの娘のコトが気になってその日一日を何となく過ごしてしまい、夜も親に怒られる前にさっさと布団に入り俺は眠りについた。明日も早起きしたかったから……
翌日も早く起きた俺は、またあの場所に行った。淡い期待に胸を膨らませながら……
別に約束なんてしてないから来ないかもしれない。
だけど俺は浜辺にねっころがって目をつぶっていた。どれくらいそうしていただろう、俺の耳にサクサクと砂を踏む音が聞こえた。
そして、スッと光りが遮られて俺の顔に日差しは当たらなくなる。そのまま目を閉じたままでいると小さな声で聞いてきた。
『眠ってるの?』
何だかその聞き方が嬉しくて、目を開けずに俺はニッコリと笑う。少し遅れてあの娘の笑い声が聞こえた時に俺はゆっくりと目を開けた。
わずかな時間だったけど、いろいろ話した。彼女は身体があんまり丈夫じゃないから早い時間にだけ日傘を差して浜辺に散歩に来ていたコト……
俺も明日帰るコトを話したら、帰る前に明日の朝にもう一度逢おうって約束になった。親に内緒の約束に何だか凄くウキウキしてたのを、今でも覚えている。
その日の夜も俺は早々と布団に潜り込む。そんな俺を両親は不思議に思っていたんだと後で聞かされた。
帰る日の朝、両親も起きていたけど朝食前に散歩に行くって言って海の家を抜け出した俺はいつもの場所へと走った。その日は生憎と曇り空だったけど、そんなコトはどうでもいい。
息を切らせて辿り着くとあの娘は先に来ていて、いつもの日傘は差していなかった代わりに小さな箱を持っていた。
『それ、何?』
その声に少女がはにかみながら小箱を開けるとその中には小さな桜貝が入っていて、貝殻の一枚を手の平に握り締めると小箱を俺に手渡した。
『また、逢えるよね?』
俺が頷くと、その時の目印だよって言って少女はニッコリと笑った。