幸田美咲の正体-1
【幸田美咲の正体】
「あはは、これで各務家はあたしのもんだ。待ってろ。今からそっちに入って楽にしてやるからな」
各務家で起こっていることを透視した美咲が楽しそうに笑った。
長年計画していた事が、後は目の前で苦しむ各務宗家の頭に触れるだけで完結する。
初めは直接働きかけようとしたが、星司の能力の強さに手を出せないでいた。その時、直接触れて乗り込まないことには、心の根底の強さは握り潰せないことも覚った。
そこで美咲は搦め手から攻めることにし、星司を精神的に追い込むことから始めたのだ。先ずは星司を愛する者から永遠に引き離した。
その努力がようやく叶う。高揚感に震えた美咲は、頭を抱える星司の額に手を触れた。
「心を握り潰すが安心しろ。これからはあたしがお前の代わりをやってやるからな」
星司の心の中に入り込み、掴んでいた星司の心を握り潰そうとした瞬間だった。
「えっ?」
気づけば美咲の意識は星司の外に弾き飛ばされていた。
「ど、どうして乗り移れないんだ」
美咲の疑問に答える声がした。
「あたしが星司くんを守ってるからよ」
声のした方、雄一に足を掴まれ激昂した浅見を前に、少しも動じることもなく凛と佇む優子を美咲が睨んだ。
「笑わせるな。お前みたいな非力な女が、一体何を守れるというんだ」
苛立った美咲が悪意の念を優子に放った。しかし、それは優子の女体に触れた途端に弾かれ、美咲の仲間である浅見に襲いかかった。
「ぐあっ!」
ギブスの腕で頭を抱える浅見を見て、雄一の目が輝いた。
「何かわからないけどチャーンス♪」
浅見の顎を目掛けて、雄一が寝転んだ体勢のまま足を振り上げた。
「ぐぎゃっ!」
雄一の渾身の一撃で苦しみから解放された浅見は、そのまま雄一の上に倒れ込んできた。
「わっ、ちょっと待っ…ぐええ〜!」
満身創痍の雄一は、その災難を避けることができなかった。
「うふふ、ご苦労様。雄一も少し休んでなさいね」
優子が楽しそうに笑った。
「お前は何なんだ!どうしてそんなことができるんだよ」
焦った美咲が声を荒げた。
「あたし?あたしはゆうこよ。愛する人を守りたいだけのただの女よ」
その声は耳からだけではなく、なぜか美咲の心にも響いた気がした。まるで2人の別々の女の声が重なるように。しかし、激昂した美咲はその事に気づいていなかった。
「な、何が『愛するだ』何が『ただの女』だ!牝豚のクセに!牝豚のクセに!牝豚のクセに―――っ!」
憤った美咲は今まで以上の憎悪の念を優子に向かって放った。
「あううっ…」
心が鷲掴みにされるような感覚に襲われた優子は、苦悶の表情を浮かべて女体をのけ反らせた。
「あはは、そうだろ。苦しいだろ。お前もこいつみたいに潰してやるよおっ!あはははははは」
星司を足蹴にした美咲は、勝ち誇ったように笑い声をあげた。その表情は狂気の色を含んでいた。
「うぅ…、か…ぃそう…」
自身の笑い声が高らかに響く中で、苦悶の中で溢した優子の小さなつぶやきが、届くはずのない美咲の耳に届いた。