車両の対決、星司ＶＳジョン-7
「うっ！」
美咲の狙いは当たった。ほんのり僅かな一瞬の隙を狙ったジョンの蹴りが、星司の甘くなった腕のガードを弾いて、側頭部に衝撃を与えた。
「ぐわっ！」
星司は上体が倒れながらも心を開放した。
一瞬で美咲が侵入してきたが、星司はその苦痛に耐えながら、そのままジョンに体当たりをし、バランスを崩したところで回し蹴りを放った。
「ぐおおっ！」
それをモロに食らったジョンはぶっ飛んだ。
「あはは、いいぞ」
仲間のジョンが倒されたにもかかわらず、美咲は喜びの声をあげた。目の前で星司が苦しんでいたからだ。
「うぐぐっ、ううっ…」
星司は何とかブロックを試みた。ジョンを倒したことで、あとは美咲を掴まえれば何とかなると思っていた。しかし、今放たれている美咲の悪意の強さはこれまで以上で、星司の心の一旦をがっちりと掴んで離さなかった。
「あはは、いいモノ見せてやるよ」
美咲は星司の心を折るため、取って置きの記憶を星司に送り込んだ。
「悠子！」
それは、浅見達に犯されている時の悠子の記憶だった。
「うわああああっ！」
絶望の中で何度も犯される悠子。その思念に堪えられなくなった星司が頭を抱えて叫んだ。時間をかけて徐々に取り戻しつつあった強い心が、悠子の受けた苦痛を前にあっさりと崩れてしまったのだ。
同じ異変は各務家でも起こっていた。能力の強い者から順に、星司の苦痛の連動が始まった。
星司の父、各務家の当主の陽司は、自身の書斎で先代当主と打ち合わせの最中に、頭にその激痛が走った。陽司は自分以上に頭を抱えて苦しむ月司を見ながら、その月司が危惧したことが始まったことを覚った。
「だ、誰か…、せ、先代を…」
机の上のマイクのスイッチを入れて、月司の介抱の指示を出しかけたが、苦痛の余りに後の言葉は続かなかった。
星司の母の真理子は、スピーカーから流れる陽司の声に驚き、慌てて書斎に駆け込んだ。目の前の光景に一瞬身がすくんだが、各務家当主の妻の立場が真理子を気丈にさせた。
「誰か、先代と当主を寝室に運んで！それと主治医の岩見先生に連絡を」
過去、各務家において【卓越した者】がその能力に見合う精神力の無さ故に、一族の能力者を巻き込んで自己崩壊した事例が幾度かあった。各務家に伝承された実例では、直感的能力に長けた者に影響を及ぼしたが、それ以外の者には影響が出なかったことが、血筋を残す上で幸いしたとされていた。
しかし、今、真理子の前に起きている現象はそれとは異なっていた。まだ影響の程度は低いなりにも直感的能力の低い者まで影響を及ぼし始めていた。
『短期間に急成長した星司の精神が崩壊した場合、直感的能力の有無に関わらず、一族全体を巻き込む危険性がある』
これは月司が懸念していたことであり、真理子は折に触れてそれを月司から聞かされていた。月司が想定した被害の多寡は、より直感的能力の大きい者、星司と血の繋がりの濃い者が、より強く影響を受けると月司は考えていた。
真理子はそれに対する心構えもできていた。
普段穏やかな真理子が決して見せない強い表情で、辺りの者に指示を続けた。
「一族の中でまだ動ける者は広間に集まるように。その他のスタッフは介抱にあたってください！秘書長、あなたは分家に連絡をとって至急一族を集めてください！」
各務家で緊急事態の召集が発令されたのは、昭和１６年の開戦以来だった。
指示を終えた真理子は、自身の携帯電話を掴んで陽子のアドレスに電話をかけた。
「出てよ〜」
電話を耳に宛ながらも、星司の間近にいる陽子にも影響が出ている可能性は考えられるし、仮に影響が出ていなくても、星司の容態にうろたえる陽子が容易に想像ができた。
「誰か雄ちゃん、手島さんに電話して星司の様子を聞いて」
真理子は呼び出し音を聞きながら、子供の頃から知る、そして頼りになる秘書の名前をあげて指示を出した。
真理子は出ない呼び出し音を聞きながら、一人の女の顔を思い浮かべていた。
『この子、傑作なんだよ』
それは陽子がしばらく前に、楽しそうに話しながら見せた女の画像だった。
『へぇ〜、笑顔の素敵な子ね』
その画像に映る笑顔を見た真理子は、不思議と心を和ませられていた。
その笑顔を思い返した真理子は、伝承の中の１つ、崩壊しかけた能力者を救った女のことが脳裏を過った。
「優子ちゃん、みんなを守って…」
何故か伝承の女と優子を重ねた真理子は、携帯電話を強く握りしめた。