幸田美咲の正体-2
「何だって?」
それはこの場を支配する自分に向けられるべき言葉ではない。美咲は笑いをピタリと止めて優子を睨み付けた。
−可哀想−
優子に対する問いが、思念として美咲の心にはっきりと返ってきた。優子が美咲の悪意の念を受け入れたのは、美咲の心と同調するためだったのだ。
「な、何言ってるんだ?どうしてあたしが可哀想なんだよ!」
心を支配しているはずの自分が反対に侵入を許している。その驚愕を隠すように美咲が怒鳴った。
「ううっ…、つ、辛かったよね…」
美咲を見据えて言った優子の目に涙が溢れていた。その涙は苦悶の涙ではなく悲しみに溢れていた。
「苦しかったよね」
−苦しかったよね−
優子の声に重ねてその声も心に響いた。
「ヒッ…」
息を飲む美咲に優子が一歩近づいた。
「可哀想に」
−可哀想に−
「やめろ!来るな!」
後ずさる美咲に優子はゆっくりと近づいていった。そして、美咲の心に響く声に優子も融合しし、2人の声となって美咲の心に直接語りかけた。
−大丈夫よ。あなたを傷つけたりしないから−
その声が美咲の頑なな心を揺さぶり始めた。
「よせ、入ってくるな!出ていけ―――!」
美咲はそれ以上の侵入を止めようとして自分の頭を叩いた。しかし、その程度で2人の女の意識を止めることはできなかった。
−もう苦しまないで−
「いや――――っ!」
絶叫した美咲は白目をむいた。
頑なな心に空いた隙間に2人の意識は入っていった。その瞬間、2人の意識は深い悲しみに包まれた。それは無垢だった美咲の辛かった記憶。
『妾の子♪妾の子♪妾の子』
囃し立てられる輪の中で園児の美咲が泣いていた。昨日まで友達だった子供も面白そうに囃し立てていた。
−ドウシテ?ドウシテ?ドウシテ?−
2人の意識は悲しみに包まれながら、何かを探すように理不尽な記憶を一つ一つ順番に追っていった。
『やめて、まだ美咲が起きてる』
時々来る男が隣の部屋で、嫌がる母親に襲いかかっていた。怖くなった美咲は布団を被るが、その後は決まって母親の淫らな歓喜の声が布団の中まで響いて来るのが常だった。
−イヤダ!イヤダ!イヤダ―――ッ!−
『ダメよ、あの子に近づいたら。心の中を読まれるから』
『ええ、やだぁ、気持ち悪い』
仲良くなりたいが故に自分の不思議な特技を教えた結果だった。
−キライ!キライ!ミンナ大ッキライ!−
『自分を可愛いと思ってんだろ』
中学生の美咲は可愛いく成長した。しかし、おとなしかったことが災いし、可愛いが故に標的にされてしまった。