車両の対決、星司VSジョン-3
しかし、陽子の僅かな反応は誰も気づくことはなかった。
「とりあえず、マットに寝かせましょ」
痴漢専用車両には、性的行為のために簡易マットが持ち込まれていた。座席の上にあった予備のマットを由香里が床に敷いて、その上に陽子を横たわらせた。
「陽子さん…」
陽子の傍らに腰を下ろした優子が心配げにつぶやいた。
「陽子さんが目を覚ましたら一般車両に移すから、優子ちゃんも服を着ときなさい。あたしは様子を見てくるから、あなたは陽子さんの傍を絶対に離れないこと。頼んだからね」
精液の付着を想定して、替えの服は予備車両に置いてある。優子に釘を刺した由香里は、プレイヤーと共に連結扉の様子を見に戻った。
「中で何が起こってるんです?」「それに、あの女ってもしかして?」
連結扉の前に戻ると、中の様子を窺うプレイヤーと陽子を運んだプレイヤーが交互に口を開いた。2人とも星司のビジョンを受け取っていたが、その後に続く情報が無いため困惑していたのだ。
「幸田美咲よ!」
由香里が吐き捨てるように美咲の名前を口にした。
「どうやってか知らないけど、あの女がこの電車に乗り込んで来たのよ!」
「ホントですか!」「じゃあ、さっきの声も幸田美咲…」
目を見開く2人のプレイヤーに由香里はこくりと頷いた。
「信じられないけど幸田美咲もマスターみたいな力を持ってる。それと優子ちゃんを拉致したヤツも一緒よ」
「た、大変だ!」
慌てたプレイヤー達は、万一に備えて用意していた得物を取り出して、連結通路の向こうを覗き込んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
陽子の顔を覗き込みながら、優子がその手を握った。
「陽子さん、戻ってきて…」
すると陽子の手はピクリと反応し、整った眉間に苦悶の皺が走った。
「ううっ…」
「陽子さん!」
陽子の反応を受け、優子の手にさらに力が入った。
「……」
意識の定まらない陽子の口から小さくつぶやきが溢れ出た。
「えっ?何ですか?」
優子はそのつぶやきを聞こうと、陽子の国許に耳を近づけた。
「逃げて…」
今度ははっきりと聞こえた。余程恐ろしい思いをしたのだろう。意識が定まらないまま陽子は震えていた。
「陽子さん、ここなら大丈夫ですよ」
朦朧とする陽子が安心するように、優子は陽子の耳許で優しく語りかけたが、それでも陽子の苦悶の表情は崩れなかった。
「星司…星司…逃げて…逃げて…」
うわ言のように陽子が繰り返した。
「星司さん…」
星司の名前を聞いて優子の胸が締め付けられた。
「せ、星司さんはあたしが守ります」
優子は自然とそれを口にした。それを口にしたことで決意が固まった。