E事件の進展-2
地味で収穫のない調査が毎日続く。そんな時一人の少年から有力な情報がもたらされた。
多摩川の名刺を持っていたが多摩川の記憶には無かった。
会ってみてその訳が分かった。地味で貧弱な印象の薄い少年だったからだ。
深夜に本屋の久永光輝と権藤企画の奥さん権藤麻紀子が話しているのを見たらしい。
それだけじゃない。「これ以上私に付きまとうと後悔するわよ。」という会話の一部も聞いている。
そういえば権藤の自宅は例の住宅街の中にある。
「どうして今まで黙っていたの?」「おばさんからきつく口止めされていたからです。」
「じゃ何故今話す気になったの?」「息子の翔太にいじめられてかたき討ちのつもりで話しました。」
後の調査で健一が翔太にいじめられていたのは明白で証言の信憑性を増した。
早速麻紀子の事情聴取が行われた。「久永さんは知っています。何度か自宅に来られましたから。」
「久永に付きまとわれていたようですが何が原因ですか?」
「そんな事実はありません。夫を訪ねて来た彼に不在を告げお帰り頂いただけです。」
「これ以上私に付きまとうと後悔するわよって会話を聞いた人がいるんだけど。」
「あの子が喋ったのね。あの子おかしいのよ。大人の私とあの子とどっちを信用するの?」
この事件ではすでに誤認逮捕者を出している。
かって呉服屋の主人と不倫関係にあった牧村直美を恨んでの偽証言を見抜けなかった。
また独身の久永の部屋を定期的に掃除していた時に庭にあった金属バットを物置に入れたらしい。
慎重に捜査を進めていれば見抜けた真実のはずだ。多摩川は「焦っちゃダメだ」自分に言い聞かせた。
麻紀子を釈放したが刑事を二人張りつかせた。
麻紀子は後悔していた。昨日健一が訪ねてきて彼の希望を叶えなかった事が今回の騒ぎの原因だった。
まさか本当に警察に言うとは思ってもみなかったのだ。
(恐ろしい子だわ。でも大人として脅迫に応じるなんて絶対に出来ない相談だわ。)
実は健一は山田の母さん沙織を完璧に堕としたことで自信満々で麻紀子に会いに来たのだ。
一緒に入浴するだけでなく筆おろしをも懇願しだしたのだ。
麻紀子からも沙織と同じ成果を得ようとしその自信もあった。
賢い女なら健一の思い通りに動いただろう。
だが彼女は見た目で判断し警察に報告するほどの根性はないと判断してしまったのだ。
それほどひ弱で貧弱な体躯であり気の弱そうな表情をしている。
脅迫する時もうつむき加減でおどおどしていた。13歳の健一が脅したのだ。
「何を馬鹿な事言ってるの。やれるものならやってみなさい。」一喝して済んだ事だと思っていた。
しかし帰宅できたことで一息つく事が出来た。
その頃多摩川の元に鑑識から報告が入った。凶器の金属バットから麻紀子の指紋も発見されたのだ。
再度出頭させようかとも考えたが前回の失敗をかんがみ夜ではあったが自宅を訪れた。
写真の金属バットを示し「このバットに見覚えがあるか?」と尋ねた。
一目で凶器だと分かる写真だ。即座に「知りません。」と答えた。
「もっとよく見て下さい。ミズノ製でグリップエンドに数字の1が書かれています。」
「あっ、もしかしたら息子の翔太のものかもしれません。」
翔太は出てきてすぐに写真の金属バットを見て顔色が変わった。
「違います。僕のじゃありません。」言葉尻が震えている。
「正直に言わないとこれから警察へ連れて行って調べなけりゃならないけど,いいのかい。」
「分かりました。言います。これは僕が本屋のおじさんにあげたものです。」
翔太の持ち物だったのなら麻紀子の指紋がついていてもおかしくないのだが、何か釈然としない。