第三話-1
第三章
異様なる人々。
日曜の午後──。真田寿明は、一人、焦れていた。
「いったい。何処に行ったというんだ?」
事の発端は昨夜──。娘に欲情している父親と、寿明を父親としてでなく、一人の男性として抱かれたいと思った史乃。二人はその夜、想いを成就しようとした。
しかし、寸前のところで寿明が史乃を拒んだ。
良心の呵責。そして元妻である綾乃が止めたのだ。
その夜。寿明はまんじりとも出来ずに夜を明かした。
自分のやった事を棚に上げ、史乃の心を傷付けてしまった事に自問自答するばかりで、眠ることが出来なかった。
やがて夜が明け、少し早い時間にベッドを出てリビングに降りて来たが、何時もなら、既に、起きている史乃の姿は何処にも無かった。
最初は、休みだからと、さして気に掛けて無かったが、一時間経っても姿を見せない事に胸騒ぎを覚え、慌てて史乃の部屋を開けたところ、何処にも姿は無かったのだ。
トロリーバッグと共に、クローゼットの中身が粗方、消えているではないか。
「まさか、家出?」
寿明は、直ぐに史乃のスマホへ連絡した。が、既に着信拒否を施されて、全く繋がらない。
そして、次の事実に気づいた途端、寿明は驚愕せざるを得ない事態に陥った。
自分が史乃の友人はおろか、立ち回りそうな場所の一つさえ、知らなかった事に気づいたのである。
「やはり、連絡しておくべきか……。」
そんな寿明にも、連絡出来る場所はある。綾乃の実家、史乃の祖父母宅だ。
綾乃が亡くなる少し前、寿明と暮らすまでの間、史乃は祖父母宅に身を寄せていたし、先日、綾乃の法要の際も孫娘の暮らし向きを危惧する余り、ずいぶんと苦言を呈された。
だから、連絡先としては真っ先に浮かんだが、その後に祖父母が何を言うか、どんな態度に出られるかを思うと、寿明は躊躇ってしまった。
それから二時間経った正午──。寿明は、何の手立ても打てない己の無力さに焦れていた。
「どうしようか……。」
明日、月曜日になれば、専門学校に出向いて関係者を当たる事は出来るのだが、明日からは本業の打ち合わせの為、家を空けなければならない。
(──いや、この状況で打ち合わせなんて無理だ。)
寿明は、直ぐに編集担当者の山本江梨子に連絡を取った。
「先生。お疲れ様です。どうかなさいました?」
山本は、直ぐに出た。
そればかりか、普段から無闇に連絡しない寿明の異変に、早くも気付いていた。
「山本君、頼みがあるのだが……。」
寿明は、恥じを偲んで事の顛末を語り、打ち合わせの延期を願い出た。
このような事が言えるのも、デビュー当初から苦楽を共にしてきた山本なればこそで、彼にとって相棒のような存在だと感じていた。
それは山本も同じ気持ちで、気心の知れた担当作家に、執筆に関わる不都合が発生した場合、その原因を排除、是正しようと動くのは自分の役割だという考えだった。