第三話-7
日付の変わった午前零時──。主の居ない部屋で史乃は、今日、初めて使った小さなキッチンに手間取りながら、夜食作りに余念が無かった。
正午過ぎに由美と買い出しへと出掛け、帰って食べる弁当や惣菜に加えて三日分ほどの食糧を買い込むと、次にホームセンターへと赴き、台所や風呂、トイレに用いる洗剤、ゴム手袋に雑巾、梱包紐、ゴミ袋等の住居清掃用品を買った。
それから、アパートに戻った二人は弁当と惣菜で昼食を済ませた後、史乃の音頭で部屋の掃除へと取り掛かった。
掃除が大の苦手という由美には、床一面に散らかってるを分別し、それぞれの袋に入れる作業を任せると、史乃は一人、キッチンに向かった。
玄関から部屋に通じる廊下の入口近くに、畳半分ほどしかないキッチン・スペースが設けられているが、四十センチ四方の小さな流しに一口コンロがあるだけで、料理をする為の調味料置き場や材料を並べるスペースさえない。
そんな流しは、重ね置きされた使用済み食器に占拠され、一口コンロは油がこびり付いたまま、蛇口のコックでさえ汚く、キッチン全体から悪臭を漂わせていた。
先ずはキッチン周りを綺麗にするのは、その後、行う料理で影響しないようにという考えからだ。
取り敢えず、使えそうな鍋で湯を沸かすと、水を加えたぬるま湯を流しに溜めて少しの洗剤を入れ、汚れた食器類を浸け込んだ。
コンロや蛇口の汚れは、専用の洗剤付きシートで根気よく磨いてやると、ようやく本来の姿が見えてきた。
最後に食器洗いだが、洗った食器の水切りを置くスペースがないので、吸水タオルで一つ々拭き上げて、食器棚にしまう事にした。
史乃はその後も忙しく動き回り、夕方を迎える頃には風呂とトイレが一緒になったユニットバス、廊下に玄関口と、粗方の掃除を終えていた。
「えっ?これだけしか片付いてないの。」
分担した掃除を粗方終えた史乃は、部屋の様子に思わず、口を滑らせる。様相があまりに変化がなかった為だ。
両端に配置されたベッドとテレビの間に、衣類や雑誌に加え、食べ物容器、空き缶、ペットボトル、スーパーの袋等、ありとあらゆる物が、床が見えないほど積み上がってる状況の中で、由美は各分別袋に僅かな量を入れたまま、スマホを弄くっていた。
「分別とか、よく判らなくてさ。」
由美は悪びれる様子もなく、スマホに目を落とした状態で史乃に答える。
由美の非協力的な態度に、史乃は、強いわだかまりを抱く。過去、テレビ等で取り上げられる「片づけられない人。」の話題を見て、身の回りの事も出来ない、そんな人間がいるのかと大いに疑問を持ったものだが、それを現実に、身近な存在で見るとは思いもしなかったと。
人々が生活する上で、ゴミは必ず出るものだ。
それぞれのゴミを集約して適切な処理を施してくれる職業のおかげで、人々が個々で処分する必要もなく、住居内を清潔に保てている。
そのゴミ出しルールの一つが分別して出す事なのに、それすら「判らないから」と、自分本意の理屈で行おうとしないなんて。
そんな、比較的簡単なルールさえ守らない人間が、社会生活の中で必要とされる最低限のルールやマナーを守れるのか?
しかし、史乃はそれを口にしなかった。
自分の置かれた立場を考えれば、それを是正するようなことを言って、お互い、気不味くなってしまうし、そうなるのは是非とも避けたかった。
それに、これからバイトに出掛ける由美に、一つ々レクチャーしながら掃除を行うより、居ない間に自分でやった方が、正確で短時間に終わるのではと思えたのだ。