第三話-6
点滴を終えた寿明は、処置室から待合室に向かうと、既に一般外来の出入口は施錠されていて、待合室の照明も落とされて薄暗かった。
健康保険証を携帯していなかった為、寿明は、全額負担の医療費の高さに驚きながら、何とか支払いを済ませると、救急外来用出入口から病院を後にした。
時刻は既に、午後九時を過ぎていた──。寿明は、伸びをして天を仰いだ。
自宅なら辛うじて見える星空も、街中では明る過ぎて判別は難しい。
(存在しているのは確実なのに、その姿を私は見えないか……。)
まるで、娘を探して駆けずり回り、徒労に終わった自分の姿を暗示しているように思えた。
(とは言え、こんなところで途方に暮れてる場合じゃないな……。)
帰路に着く寿明の後ろ姿に、色濃かった悲壮感や焦燥感は殆どない。そうなれたのは、病院で、冷静な自己分析を行う時間が与えられたからである。
そういう観点で見れば、倒れた事も物怪(もっけ)の幸いだと言えるだろう。
一般に物事に当たる際、必死になれば、々になるほど視野が狭くなり、正しい方向を進んでいるのかさえ判らなくなる。そんな時こそ、時折、立ち止まって周りを確認する余裕を持つ事が肝要なのだ。
「ちょっと、連絡してみるか。」
寿明は帰る道すがら、スマホから自宅電話の留守録をチェックする。史乃から連絡が入ってないかと思ったのだ。
しかし、入っていたのはセールスの類いばかりで、目当ての留守録は無かった。
(考えたら、留守録を入れるなら直接、掛けて来る筈だよな。)
次に、寿明は自宅電話に連絡した。が、こちらも虚しくコール音が繰り返されるばかりで、不在だという事を知らせるだけだった。
「少し、冷えてきたな。」
未だ、覚束ない足取りながら、ようやくビルの谷間にあるタクシー乗り場にたどり着くが、残念なことにタクシーは出払って姿がなかった。
寿明は仕方なく、ビル風が強いこの場所で待つことにした。
(史乃……。今頃、温かい食事を摂り、暖かい部屋で過ごしているのか。)
寒さと対峙しながら、寿明は娘の安否に思いを馳せていた。
寿明自身、幾多の取材旅行で感じたことで、無計画で常に重い旅行カバンを抱え、見知らぬ土地で飲み食いする、心休める場所を確保するのは、予想以上に困難なことだ。
そう考えた時、無事に二つを手にしたのかと憂慮するのは、親心なら当然だろう。
そんな親心を遮るように、寿明は眩しい光に照らされた。
「やっと、来たか。」
寿明は、ようやく到着したタクシーに乗り込むと、行き先を告げた。
後部ドアが閉じられてタクシーが走り出す。バック・シートに深く身体を沈め、しばし温かさを噛みしめてから、車窓の外に目を向けた。
広告ディスプレイのカラフルな色が街を彩る。満たされない者たちが羽虫のように、欲望を煽り立てる輝きの下に群がり、本能をさらけ出そうとする。
そんな、昼間と違う顔を持つ場所のどこかに居るだろう、娘の平穏無事を祈る寿明だった。