第三話-4
「ちょっと、史乃!」
「えっ?なに。ごめん、聞いてなかった。」
考えごとが過ぎたのか、史乃は由美の話を聞き流していた。
「だから、これからどうする?今日は休みだからいいけど、明日から学校があるし、私も夜はバイトでいないんだけど……。」
「心配しないで。学校は私も行くし、由美がいない間は、掃除とか洗濯とかやっとくから。」
「掃除って?」
「この散らかり放題の部屋よ。当たり前じゃない!」
学校に通いながら、留守がちな寿明に替わり、家事全般をこなしてきた史乃にとっては造作もない事だが、家事を苦手な由美にとっては、夢のような話である。
「──勿論。晩ごはんも作っておくわ。だから、後でお金を降ろしに行きたいの。」
「いいよ。一緒に行って、ついでに食材の買い出しにも行こう!」
利害関係が一致したところで、二人の表情が緩んだ。
お互いに友人とは言え、利害を超越した親友とは言い難い関係なら、友人の部屋に転がり込んだ本人が立場をわきまえて対価を支払えば、同居人としてしばらくは置いてもらえるだろう。
唯、これも程度問題で、必要以上の対価を支払ってしまうと、強い嫉妬心や劣等感を煽り、かくして友情は失われる。
何事も程々が肝要だが、それを史乃が理解しているかは、未だ判らない。
「じゃあ、さっそく行こうか。」
「判ったわ!」
築二十五年は下らない、アパートの外に設けられた鉄骨階段を降りて行くと、二人は商店街に続く小路を並んで歩き出した。
「ねえ、史乃。」
そう言って史乃を見る由美は、とても柔和な顔をした。
「なあに?」
「ねえ。手を繋ごうよ!」
「えっ?手を。」
由美にすれば、嬉しいのだろう。今まで、いくらアプローチしても素っ気なかった史乃が、自分を頼ってくれたのだから。
そんな気持ちの高ぶりが、手を繋ぐ行為となって表れたようだ。
「──いいよ。」
史乃の伸ばした右手を、由美の左手が握った。
二人はお互いの顔を見合せ、笑った。
「んふふ。」
由美は、満面の笑みを浮かべ、左手を大きく振っている。
「どうしたの?由美、とっても楽しそう。」
「そうよ!とっても嬉しいの。」
「なあに、それ?変なの。」
そう言った史乃の顔も、穏やかに笑っている。
「史乃も、こうやって手を繋いで歩くなんて、久しぶりでしょう?」
「そうね。小学生以来だけど、不思議な気分だわ。」
「小学生って。私なんか高校の頃でも、友達とよく繋いでたのに!」
由美と史乃は、まるで、小学生のように繋いだ手を大きく振り、楽しげな顔を見合せながら、大きな歩幅で小路を歩いて行った。