第三話-22
翌火曜日、午後八時──。寿明から史乃のスマホに連絡が入った。
「もしもし!」
電話を取ったのは、金城だった。
寿明は、落ち着いた口調で言った。
「予定より早く、一千万円の目処がついたんだ。そこで、明日、午後十一時に、受け渡しをしようじゃないか。」
金城にとって、異論はなかった。
いくら身代金の為とは言え、二十四時間、ずっと緊張し放しで誘拐した人間を監視し続けた為、自身の神経までおかしくなり掛けていたのだ。
そんな状況での取り引き話は、渡りに船だった。
「判った。それで場所は?」
「あまり目立たない場所だと、却って警察に怪しまれる。○○町の二十四時間スーパーの駐車場で、どうだろうか?」
深夜営業の駐車場なら、車が停まっていても不思議じゃない。
「判った。こっちに異論はない。」
「そこで、娘と金を直接交換する。いいな?」
「ああ、オッケーだ。で、どうやって落ち合う?」
「スーパーの入り口にベンチがある。そこに、茶色の鞄を持って待っている。」
金城の「判った。」という言葉を残し、通話は切れた。が、寿明の中で、一抹の不安が涌き上がる。
「──おかしい。あまりにも話が順調過ぎる。」
誘拐では、金の受け渡しが最も犯人の捕まる率が高く、最も神経質になる場面だ。
それが、現場で金と人質の交換を行う等とは、前代未聞である。
「もしかしたら、現場に娘さんを連れて来ないで金だけ奪うつもりかも。」
山本の推論が、寿明の胸に突き刺さる。
「多分、君の言う通りだろう。とは言え、行かなければ史乃の安全を担保出来なくなる。」
二人は、思案を繰り返す。二律背反の事態を上手く収める解決策はと考えている時、寿明の頭の中で、正に天啓とも言うべき妙案を閃いた。
「──興信所の彼等に、救出を依頼してはどうかな?取り引きの際、部屋を出ていく時に、史乃が残されていた場合、その部屋に踏み込んで。」
「アイデアとしては素晴らしいですが、彼等は民間人ですから。不法侵入という法律を犯すとなると、二の足を踏むでしょう。」
「やはり、難しいか……。」
寿明の強い落胆ぶりを見て、山本はフォローする。
「何も落胆する必要はございません。今のアイデアを、警察にやってもらいましょう。」
「警察か……。」
山本の言葉に、寿明は再び思案する──。当初は人質を確保しての予定だったが、人質確保が自分達に難しい状況だとすれば、警察介入も致したかないと思う。
「──警察介入はやぶさかではないが、彼等はしばしば、自分達が主導権を握ろうとするからな。」
「その点は、大丈夫だと思います。私が懇意にしてもらっている警察関係者に、県警の刑事課長がいます。そちらに頼んでみましょう。」
「すまない。恩に着るよ。」
寿明達が、あらゆる事態を想定して警察の介入を決めた時、金城は一人、上機嫌ではしゃいでいた。