第三話-12
月曜日午前六時──。寿明は、待ちかねたようにスマホの通話ボタンを押し、山本江梨子を呼んだ。
耳元で二回目のコール音が鳴り止む前に、山本の少し鼻に掛かった声が聞こえた。
「先生、どうかなさいましたか?」
山本は、この時間に連絡した意図を判っていた。
「山本君。実は、単なる家出じゃなくなってしまったんだ……。」
寿明は、史乃が何者かに誘拐された事、身代金を要求された事を要点だけ伝えていく。普段は冷静な山本も当初は度肝を抜かれたが、すぐに冷静さを取り戻すと、
「直ちに、そちらに向かいます。」
そう答えて、通話を切った。
そして、約三十分後、現れた山本は何時ものスーツ姿に薄化粧、後ろに結った髪型という出で立ちでなく、化粧気のない、黒いキャップ、白いトレーナー、ブルー・ジーンズという、地味な様相を施していた。
「すいません。化粧する時間も惜しかったのもですから。」
「本当に、迷惑を掛けてしまって……。」
「お気になさらないで。それよりも、確認したい事が。」
寿明は、自宅に山本を招き入れ、唯一、散らかっていないダイニングに通した。
山本が、「先程の話なんですが。」と前置きして訊いた。
「──お嬢さんのスマホですが、位置情報は確認出来ないんですか?」
位置情報と訊かれ、寿明は戸惑う。
「なんだね?その位置情報とは。」
彼女の説明では、お互いのスマホにそのアプリを入れておけば、相手に気付かれる事なく、何処に居るかが判るという話だ。
「先生のスマホ。ちょっと拝見させてくれますか?」
山本は寿明のスマホを手に取ると、操作を繰り返して何かを探していた。
「先生、有りましたわ!」
どうやら、SNSアプリで位置情報を確認出来るように設定されているらしい。
「そんな物が入っていたのか?」
「おそらく、お嬢さんが先生の居場所を知る為に、こっそり入れられたんでしょう。お手柄ですわ!」
山本は、直ちに位置情報検索を立ち上げ、居場所の特定に掛かる。果たして、映し出された地図上に居場所を示す印が上がった。
「○○町の港近くですが、こんな所に……。」
居場所に困惑する山本。港近くに住居はなく、駐車場や倉庫群しかなかったのだ。
「ひょっとすると、拉致と言っていたから、車の中じゃないかな?」
「なるほど。だとしたら少々、厄介ですね。どの車か特定するのが。」
「確かにそうだが、とにかく行って、確かめてだな……。」
居場所を突き止めた事で、少し興奮気味に語る寿明を、山本は止めた。
「むやみに突き止めたら、それこそお嬢さんの命に関わります。先生のお気持ちは判りますが、ここは自重なさって下さい。」
「しかし、何もしないのは……。」
「何もしないとは申しておりません。私の持つネットワークを使ってみます。」
「君の?」
寿明は、山本の提案に半信半疑な思いで聞いた。