B-1
(まったく、どう言うつもりなんだ。)
火曜日午前八時──。俺は、車の中で、さっき起きた悪夢のような出来事を再考した。
長岡莉穂をアパートに泊めた翌日朝、正確には二時間前の事だが、亜紀が玄関前に現れたのだ。
しかも、“自分の子供”だと言う二歳の男の子と一緒にである。
「──和巳って言うのよ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ。この子の父親って、もしかしたら?」
「だったらどうするの?覚悟を決めて、全てを捨てられる?」
突然、足下から地面が消えちまった如く、愕然とさせられた俺は、突きつけられた現実を受け入れられず、気づけば嘘であって欲しいと願っていた。
──おまけに。
「なあに?これ。相変わらず、生ゴミみたいな臭いで……。」
亜紀は、鼻をスンスンと鳴らしながら、奥の方に目を向けると、
「何か、いい匂いが混じって……?」
そう言って、今度は俺の表情を窺う目をする。
「き、気のせいじゃないかな?最近、整髪料を変えたからさ。」
人間、嘘を吐いていると、平静を装おうとすれば、する程、何処かミスを頻発させてしまうようである。スムーズな会話が出来ない事が、更に追い討ちを掛けていた。
「そうかしら?案外、誰か、奥の部屋で寝てたりして。」
「な、何をバカな事を!俺が、女を部屋に泊めたって言うのか。」
「私、女の人なんて言ってないけど。」
企みを含んだ目が笑っている。自ら墓穴を掘った俺は、二の句が出なかった。
「三年半の間に、成長したじゃない!お姉ちゃんは嬉しいよ。」
結局、俺は眠っていた長岡を無理矢理起こし、彼女を部屋着姿のまま車に乗せて自宅に送り届けると、再びアパートに戻ってシャワーを浴び、亜紀に部屋の鍵を託して出勤とあいなったのだが。
「ねえ?さっきの女の人とは、何処まで行ったのよ。」
出勤準備に余念のない俺に対し、亜紀は、嬉々とした表情を浮かべ、根掘り葉掘りと訊いて来る。
「そんな関係じゃないよ。彼女は会社の同僚で、飲み会で意識を無くしたんで、ウチに泊めただけなんだ。」
俺の返答を聞いて、亜紀は鼻で笑った。
「ふっ!相変わらず嘘が下手だね。会社の同僚なら、あんたの事を“和哉”なんて呼んだりしないわよ。」
まったく。吉川同様、ベテラン刑事の様な観察眼の鋭さは、未だ健在という訳か。
「──素敵な人じゃない!何たって綺麗だし、あんたには高値の花よ。」
まるで、ニュース番組の三流コメンテーターのように無責任で言いたい放題な亜紀を無視し、俺は準備を急いだ。