B-5
(俺がソシオパスだとしたら、そんな異常者がまともな結婚生活なんて、土台、無理な話じゃないのか?)
考えがまとまらない。自己嫌悪を通り超して自暴自棄に陥りそうなほど、気分は最悪だ。
しかし、俺が心の平静を失なおうが、世界は立ち止まって待っててくれる筈もなく、時は移り過ぎゆくばかりである。
(自暴自棄の為に、全てを諦めるなんて冗談じゃない。)
俺は、必死に感情を抑え込むと、ようやく注文メールを開いてチェックに取り掛かった。
「今日は、ずいぶんと掛かってるんですね。」
再び、吉川が近づいて来る。
「ああ、すまんな。後、十分だけ待っててくれないか。」
「え?あ、ああ、はい。」
昔から亜紀に“ダメな弟”と揶揄され続けて来たが、三十歳を前にして、ようやく自分自身を“出来損ない”だと自覚するに至った。
しかし、だからと言って、これから先の人生までダメだと決めつけ、投げ出してしまうのは愚者の極致以外の何者でもない。
(今からでも、改める気で取り組まないと……。)
努力しても叶わない事なんて、世の中にいくらでも存在するが、常にそうだと決めつけるのは、宝くじを買ったこともない者が当選者を妬む事くらい情けない思考だと思うし、それは、自分の人生を無味乾燥なものにしているのと同じだ。
出来ると信じ、前を向いて進み続ける事が大事であり、尊いものではあるまいか。
「よし。こっちは完成したが……。」
注文メールの措置を終えた俺は、出掛ける前に、社内メールの件を注意しておこうと電話を取った。
友人に彼是いうのは偲びないが、違反は々で注意する必要がある。それに、長岡がどうして俺のスマホでなく、社内メールを送るのかも確かめてみたかった。
(確か、内線は……。)
内線電話でコールすると、程なくして少し鼻に掛かった長岡の声が耳許で聞こえた。
途端に俺の中で緊張が増し、喉が渇いてゆくのを感じた。
「おはようございます。藤野ですが。」
「どう言った、ご用件でしょうか?」
やけに声のトーンが低く、それに、事務的で冷淡な言葉遣い。周りに配慮しての事かと気懸かりになったが、こちらも忙しい身だ。
用件だけ伝えて、さっさと営業に出掛けねばならない。
「あの、先程のメールの件なんですが。一応、社内メールを私用に使うのは禁止されてるんですよ。
それで、必要なら私の……。」
こちらが言い掛けてる途中にも拘わらず、長岡は「失礼します。」の一言を残し、一方的に電話を切ってしまった。
(あいつ、何で機嫌悪いんだ?)
そう言えば、さっき自宅に送り届ける際も、終始俯いたまま一言も口を利かなかったし、到着しても会釈一つして降りて行ったところを見ると、気に入らない事があったのは朝で、その思いは今も継続中のようだ。
(──この件は、後々、考えるとしよう。取り敢えず、伝えるべき事は伝えたから。この件は終わりだ。)
ようやく、自分の中で一段落が着いた。
「待たせてすまん。行こうか。」
俺は吉川を伴い、何時もより十五分の遅れで営業車に乗り込んだ。