B-3
慚愧の念に堪えない──。出来る事なら、こんな忌まわしい関係を持つ以前に戻り、この命を断ってしまえればと心の底から思った。
だか、和巳の存在を知った以上、俺の命は自分だけのものでは無い。亜紀と和巳の生活を存続させる為、存在し続けねばならないという使命が生まれたのだ。
(例え“仮初めの家族”であろうと、俺は亜紀と和巳を守らなくちゃならないんだ。)
今日は、何時になく頭が冴えているようだ。
無い知恵を搾り、ようやく出た結論とはいえ、亜紀との事で、こんな清々しい気分になれたのは久しぶりだ。
混沌とした暗闇の中で、遥か彼方の地平線に、一筋の光明を見た思いだ。
「今日は遅刻せずに済みそうだな!」
俺は、カー・オーディオに手を伸ばした。
こんな気分の良い時こそ、お気に入りの曲を耳にしたいものだ。
車内に音が満ちて行く。俺が生まれる前に発表された曲らしく、男女が、障害を乗り越えて一緒に暮らして行こうという歌だ。
カラオケは苦手だが、好きな曲を聴くのは気持ちが和む。この曲も馴染みの店で、偶然、流れていて詞に感銘を受け、すぐにコレクションした。
高揚感に包まれ、俺は思わず曲を口ずさんだ。
その時だ!──。
(ちょっと待て……。)
俺の高揚感は一挙に崩壊し、代わって、自分は、なんて残酷で愚かな生き物だという情けなさが涌き上がって来た。
「長岡は、吉川はどうするんだ?」
頭が冴えてるなんて得意気になれる程、事は単純ではなかった。
(お互いに酔っていたとは言え、やっちまったんだし……。)
俺の脳裡に昨日見せた、怒りをぶちまける吉川の顔が映る──。この事実を知ったら、あいつは、どんな反応を見せるだろうか。先ず、配置転換を願い出て、俺とのコンビを解消しようとする筈だ。
(あの執心ぶりからすると、そんなんで済むとは思えんな。)
ひょっとしたら、激昂したあいつと殴り合いに発展するかも知れない。仮に、そうなった場合、俺は黙って殴られ役に徹することが出来るだろうか?
(義理を欠いたのは、俺の方だし……。)
どうして、長岡と関係を持った──。吉川のことは、ずっと頭の中に有ったし、何よりも彼女を、小学生時代のライバルであり、同窓生でもあり、“仲間”だと思っていた筈なのに、何故、あの夜、俺の理性は狂ってしまったのか。
「おっと!」
考えごとが過ぎて、危うく会社を通り越すところだった。
(早くスイッチ・オーバーしなきゃ。この続きは、仕事の後にしよう。)
会社まで幾らもない。結論を導き出すには、考慮する材料が多過ぎて時間が足りなさ過ぎた。
今は、取り敢えず、頭の中を切り替えようと試みるが、モヤモヤは簡単に解消される筈もなく、気がつけば、再び、自問自答を繰り返す自分がいた。