須永家の場合-1
「ふぅ、興奮する話だけど、思っていた以上にヘヴィね」
あの奈々子でさえ、ややほだされたようだ。
「もっと軽い感じかなぁと思ってたんだけど。ソフトSMとか、ライトな露出とかさ。だって、昔の人なわけじゃん。その頃に、こんなプレイを考え付くなんて、ちょっとスゴイよね」
奈々子は、少し高を括っていたようだった。
だが、その実態は、少し予想の上をいっていた。
「じゃあ、次は俺だね」
臣吾が、襟を正すように背筋を伸ばした。
他人が聞けば、単なるスケベな下ネタ披露会なのだろうが、臣吾は、どこか誇らしげな気持ちも生まれていた。
確かに、ご先祖様のスケベな悪戯なのかもしれない。けれど、100年以上経って、その末裔たる自分たちが、その内容を実行しているのだから、歴史と言うか、重みを軽視する風潮の世の中にあって、実践出来ている自分たちは、もっと胸を張ってもいいのではないかという思いが去来していた。
「うちは、あまりにも有り得ない内容だった。俺的には。だからこそ、悟に相談したわけで。俺たち夫婦は、多分極普通の夜の生活を送っていたと思う。スタンダードって言うか、キスして、舐めて、挿れて、出すっていう、特に何ら変わったことをするでもない、至ってノーマル。ノーマル過ぎる夜だったんだ」
臣吾のカミングアウトは、メインの前に、軽くそれまでの夫婦のことから入った。
「それで、あの言い伝えを知った日から、その生活が少しづつ変わってきているのは間違いない。潤いって言うか、固すぎた性への考え方が、氷解し始めてきたっていうか」
「刺激になったってことね」
奈々子はよーくわかるよ、と言った表情で頷いた。
「で、肝心な内容はというと、二人のように、端的なワードが見つからないんだけど・・・・・・」
少しの間に、何人かの唾を飲む音が聞こえた。
これまでのカミングアウト内容から考えれば、ちょっとしたスケベ行為の範疇では済まないプレイ。恐らく、他の末裔たちにも、変態的なプレイが求められていることは、容易に想像出来た。
「匂いフェチプレイって言えば、一番近いかな」
おおっ、と言う声も上がった。
「それ来たか」
奈々子も、ある程度のプレイは想像していたようだが、匂い系が来るとは思っていなかったようだ。
「祭りの期間中、風呂とかシャワーとか、カラダを綺麗にすることに制限がかけられているんだ。特に、陰部に関しては厳禁と言ってもいい。そして、その無洗浄な部分を、舌で清める。つまり、舐めろってこと」
話しながら、顔が赤くなるのと、冷や汗が出るのがわかった。
「くぅわぁー、それこそフェチね。悟と透のプレイも、ハードな内容だけど、フェチ度で言えば、臣吾のが図抜けてるわね。私的には、興奮しちゃう内容だけど」
奈々子が、ヨダレを垂らす勢いの言い回しで、自分が好みのプレイであることをチラつかせた。
「で、どうすることにしたんだ?」
ずっと相談を受けていた悟が、臣吾に聞いた。
「それは・・・・・・まだ、わからない。お互いに頭の中では、どうしようかと考えているのは間違いないと思う。完全否定ではないんだけど、積極的かと言われると、そうとは言えないかな、今は」
みなみだけではなく、臣吾も困惑し、悩み、迷っていた。
だからこそ、悟に助けを求め、このような場でも披露した。
だが、この会合で、悟や透の秘め事話を聞き、あの大信までもが性に開放的な性格(ある意味性癖)であることも、知ってしまった。
それを思うと、考え過ぎるのは、この地で暮らしていく民としては、不適格なんではないかと、思い始めていた。
受け入れる、受け入れないは別として、自分が思うままにしていこうと。
「でも、ほんとスゴイよね。人間のエロに対する欲求は、いつの時代でも変わらないんだもん。今は情報に溢れているから、どんなことでも調べる気になれば、調べられるし、エロサイトなんて、それこそ星の数ほどあるわけだから、いくらでも見ることができるでしょ。でも、昔の人は、確かに春画があって、それがその時代の性の広告塔だったとしても、多くは自分の頭の中での想像とか妄想で、ここまでエロいことを考えられるなんて」
奈々子は、違った意味で興奮していた。
前人たちの、豊かな性の想像力に感心している。
「私も見習わなくちゃね」
奈々子は、一人で頷いていた。
「ええっ、これ以上エロくなってどうすんですか」
場の空気を読まない透が、笑いながら奈々子に突っ込んだ。
「ふんっ、大きなお世話よ。私は常に上昇志向なの。エロに関してもね」
透の一言に、機嫌を損ねた奈々子。
隣に座っている悟は、透の頭を小突いた。余計なこと言ってんじゃないと。
「ま、最後は当人同士の問題だからね。でもさ、みなみちゃんは温室育ちみたいだから、あんまり無茶はしないほうがいいかもね」
みなみからも、奈々子からは教わることが多いと聞いていたから、そっち方面の相談も、いや、奈々子ならそっちの話だけかもしれないが、色々と話をしていたのだろう。
「でも、俺としては、やってみようかなと思うようになってきた。内容は、そりゃあかなりフェチだし、見る人が見れば、変態的な行為としか受け止められないかもしれない。でも、真意はどうであれ、ご先祖様が、子孫繁栄を願って、考えてくれたことだと思えば、やらないわけにはいかないんじゃないかって」
普段の臣吾は、そんなに感情を昂らせたりするタイプではない。その臣吾が、熱く語る姿は、参加者全員が驚いたぐらいだ。
ご先祖様に対するリスペクト。いつからか、そう思うようになってきていた。
考えてみれば、夫婦が一緒に禁域に踏み込むことは、吊り橋効果と同じような感覚なのかもしれない。
触れてはいけない世界を、夫婦だからこそ、踏み込めた。一緒だから出来た。
一蓮托生。性生活にも通じる部分が、あるのかもしれない。