妙子-10
「あ、あのお客です。見るからに柄の悪そうな奴でしょ?」
「なんじゃー、われはー。あれっ、小野塚さんじゃないですか」
「お? どうしたの? 山ちゃん」
「どうしたのじゃありませんよ。何か我が儘言ってる客がいるから来てくれっていうんで飛んで来たら小野塚さんじゃないですか」
「我が儘だー? ちょっと店長呼んでらっしゃい」
「いやー、勘弁してやって下さい。何も知らないんですから」
「別に手荒いことしようってんじゃないから、呼んで来なさい」
「はあ、困ったな。こっちの立場も考えて下さいよ」
「大丈夫。山ちゃんの小汚い顔潰してもしょうがないんだから」
「小汚いですか? おーい、店長来てくれ」
「はあ。いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませはさっき聞いた」
「はあ。あっ、そう言えば唄でしたよね。今直ぐ入りますから聴かせて頂けますね」
「何か調子のいい奴だな。ヤクザにしたいような奴だ」
「いえいえ、とんでもありません。私は半端者ですから」
「半端者がヤクザになるんだよ」
「えーと、私はもっと半端なんで、ちょっと・・・」
「お前此処に座れ。山ちゃんも座って飲め。今いいもん聴かせてやるから。妙子、聴衆が増えたんだから気張って歌えよ。だけど気張り過ぎておならなんかするなよ」
「馬鹿。おならなんかしないよ」
「良し。それじゃおっぱいぶるんぶるん振るわせて歌ってくれ」
「いい声してますねー」
「だろ? お前聴いてんのかよ。おっぱいばっか見てんじゃないか」
「いえいえ、とんでもない」
「眼ん玉飛び出してるぞ」
「もともとこんな眼なんです」
「そうか。まあ奥眼よりはいいな。あれは陰気でいけない」
「お客さんは奥眼ですよ。何か凄みがありますね」
「何? 垂れ眼で奥眼だー?」
「いえ、垂れ眼だなんて言ってません」
「ああ、そうだな」
「あの、あっちのお客様が呼んでるみたいなんでちょっと行ってきていいでしょうか?」
「ああ、行って来い。何かトラブルだったら俺が何とかしてやるから戻って来い。こんなヤクザなんか呼ばなくてもいいんだ。呼ぶたびに小遣い渡さなきゃならんのだろ?」
「はあ、いえ」
「何だそりゃ。イエス、ノーっていう意味になるんだぞ」
「あの、ちょっと行って参ります」
「それじゃ小野塚さん、此処はお任せしますから、私も失礼して帰りますよ」
「おや? 妙子嬢がまだ歌ってんじゃないか。それは無いだろう」
「勘弁して下さいよ。これでも忙しいんですから。暇な時なら喜んでいくらでも聴かせて貰いますよ」
「そうか。仕事なら仕方無い。行ってらっしゃい。だけど弱い者虐めなんかすんなよ。明るく住み良い社会を作るのがヤクザの仕事だろ」
「小野塚さんじゃあるまいし、弱い者虐めなんかしませんよ」
「それじゃ、お小遣い貰って行きなさい」
「え? そんなあ、いいですよ」
「馬鹿、俺じゃない。店長から貰って行けって言ったんだ」
「ああ、なるほど」
「ねえ、研は私が歌ってるのに全然聴いて無いじゃない」
「いや、聴いてたよ。ビブラートが絶妙だったな」
「ビブラートなんてかかってた?」
「うん。おっぱいがびりびり揺れてた」
「馬鹿」
「折角増えた聴衆がいなくなってしまったな。おやおや他のお客も帰って行くぞ」
「私の唄ってそんなに酷いのかしら」
「そんなことは無いだろう。たまたま帰りたくなっただけだろう」
「でもみんな帰っていくみたいだけど、どうしたんだろ。何か手入れでもあんのかな」
「別に手入れがあったってお客は関係無いだろ」
「誰もいなくなっちゃったよ」
「これで順番待たずに好きなだけ歌えるだろ?」
「でも誰もいないとつまんない」
「俺がいるじゃないか」
「そうか」