第二話-2
「なるほど。これなら、直ぐにでも出来るな。」
「ストレッチをする時は、手伝ってあげる。」
寿明は、さっそく実践することにした。
ぬるま湯の心地よさと水の持つ浮力が身体の重さを軽くする為、身体の痛みまで軽くなったような気がした。
寿明は湯船に浸かっている間中、ふくらはぎや太腿、二の腕、肩周り等、痛い部位を重点的にほぐした。
「痛みが大分、引いたようだ。」
再びリビングに現れた寿明の表情は、さっきまでとは比較にならない程、晴れやかだった。
「良かったわね。じゃあ、冷えないうちにストレッチやろうか。」
「それはいいが……。お前、学校は?」
「なに言ってるのお父さん!今日は土曜日じゃない。」
「ああ……。休みなのか。」
サラリーマンと違い、曜日の感覚が希薄なのは作家という自営業の性であろう。取材や執筆作業となれば、曜日はおろか昼夜の感覚さえなくなってしまう。
「ほら、そこに足開いて座って。」
かくして、史乃の手助けによるストレッチが始まった訳だが。
「痛たたたっ!ち、ちょっと、緩めてくれ。」
「なに言ってんのよ。大して体重掛けてないのに。」
開脚して息を吐きながら、上体をゆっくり前に倒し込む。史乃は寿明の背中にぴったり密着し、調子を合わせて体重を掛けて行くのだが、寿明は内腿の付け根の痛みがひどく、すぐに根を上げてしまう。
「も、もう十分なんじゃないか!?」
「まだまだ。後々、楽になるんだから。」
「お前、何処でこんなの習ったんだ?」
「高校の時、体育の授業で。」
史乃は寿明の脇腹を太腿で挟み込み、両方の膝下辺りを掴むと、更に体重を掛けようと試みた。
「い、痛たたたっ!も、もう勘弁してくれ。」
しかし、余りの激痛に寿明は奇声を挙げ、史乃の身体を振りほどくと、
「──だ、大分、楽になったよ。もういいだろう。」
適当な言葉で濁し、その場から逃げ出してしまった。
「もう!ちゃんとやらないと、また痛みがぶり返すのに。」
史乃は、寿明が消えた方に向かって一くさり文句を言った後、すぐに慈愛の表情になり、朝食作り準備に掛かろうと踵を返してキッチンへ向かった。
一方、仕事部屋へ逃げ込んだ寿明は、椅子に腰掛けて大股を開き、渋い表情で内腿の辺りを擦っていた。
「思い切りやり過ぎだろう、全く……。股が裂けるかと思った。」
ぶつぶつと文句を言いながらも、やがて表情は緩んでいく。
「しかし、史乃の言った通り、湯船に浸かってストレッチをした分、ずいぶんと楽になったな。それに……。」
寿明の頭に浮かんだのは、背中や腰に感じた史乃の肌、それも胸や太腿の感触だった。
直接、伝わって来る肌の温かさと湿り具合は基より、胸や太腿の弾力は久しく忘れていた若い頃を、思い起こさせるものだった。
(いかん……。)
史乃の裸体を想像している内に、寿明の陰茎が頭をもたげた。
(四十歳代後半にもなって、況してや娘の裸を想像して勃つとは……。)
自分が異常者だと痛感する──。かつてはオムツ替えやお風呂に入れたり、時には夜中の発熱で病院へ駆け込んだりと、短い間ながら世話をしてきた。
十五年もの空白期間が有るとは言え、そんな娘を性的な眼で見てしまう自分を、寿明は恥じた。