第一話-4
「う、運転手さん。未だ、掛かるのかね?」
夕暮れ時──。真田寿明は、タクシーの中で焦れていた。
そんな寿明の様子に、タクシーの運転手は肩をすくめる。
「お客さん。この混み様じゃ、どうしようもないですよ。」
言われるまでも無く事態は把握しているが、混雑する道路を見て言わずにいられなかった。
(次の便に乗らないと、今日中に帰り着けないじゃないか。)
普段なら、最終便の搭乗が叶わず泊まりになったとしても、電話一本で済む話である。しかし、今日だけは、そういう訳にはいかない事情があった。
(今日は、記念の日だからって、ご馳走用意して待ってるって言ってたからな。)
二人の記念日──。元妻で史乃の母である綾乃の命日、そして寿明と史乃が正式な親子関係となった日とあるが、今日は後者であった。
その一周年記念をやると史乃が言い出した。
無論、寿明に異論があろう筈がない。
知名度が低いとは言え、作家である寿明は取材旅行で頻繁に家を空けていた。
史乃は聡明な娘である。寿明の作家としての面を手助けしようと、留守の家を守り、帰った時も、明るく気丈に振る舞っている。が、それは親子で有ろうとする為のもので、未だ、寿明に気を遣っていればこその行動でしかない。
それは寿明も同じで、小言は言うが、それ以上は遠慮している。
だからこそ、寿明は二人でいる時間をなるべく設けようと、記念日を作った。
これからも記念日は増やしていき、沢山の記念日を過ごす事で、親子関係を深めようと考えた。
その一つが、今回の一周年記念なのだ。
「何とか、脇道とかないのかね?」
寿明は食い下がろうとするが、運転手は意に介した様子もない。
「無理ですって。抜け道も、塞がってますよ。」
「だったら、そこで降ろしてくれ。走って行くから!」
夕闇が迫る中、寿明は荷物片手に、空港目指して幹線道路を西に走り出した。
「ハァ、ハァ……。歳だな……。こんなことなら、日頃から運動しておくべきだった……。」
足を踏み出す度に身体は軋み、息が苦しくなる。未だ春先だというのに、寿明の額には早くも汗が光っていた。
片側四車線はあろう広い幹線道路。その一番端っこの歩道を往来する者は寿明だけしかなく、時折、傍らの専用道を自転車が行き交う程度だ。
車で犇(ひし)めき合う車道の傍で、誰もいない道がずっと先まで伸びており、寿明はその中を喘ぐように走っている。
「なんとも……。デカダンスな光景だな。」
道路を挟んで、ガソリンスタンドや車用品店、家電量販店、コンビニ、チェーン・レストラン等々と、様々な店が建ち並び、そこで働く者や利用する者等、多くの人間が存在しているのに、戸建てやマンション等、住み着いた人間は存在しない。
そんな光景を、寿明には廃退的だと思えた。
「やっと……。見えて来たか。」
淡いオレンジ色に浮かぶ幹線道路の先に、濃いオレンジ色の照明で彩られた、旅客機の一部が肉眼で確認出来る距離に見えて来た。
人間、目標までの距離が漠然としたものだとダレてしまうものだが、目標を間近に感じると、往々にして再び力が漲(みなぎ)って来るものである。
寿明もご多分に漏れず、息も絶え々で覚束ない足取りだったのだが、空港が間近に思え出した途端、再び駆け出していた。