第一話-2
(また、あの夢だ……。)
午前七時──。耳許で鳴り響くアラーム音で、史乃は夢から目を覚ました。
カーテンの隙間から射し込む光は眩しく、戸外から聞こえる野鳥の囀ずりが、爽やかな朝だと教えてくれているのに、史乃の顔は冴えない。
(まいったな……。これで三日目。)
母、綾乃が亡くなって一年二ヶ月が過ぎた──。
母一人、子一人。頼る親戚も遠い史乃にとって、綾乃の死は天涯孤独を感じさせ、彼女は葬儀中、喪主として気丈に振る舞ったが、その実、途方に暮れていた。
そんな時、父、寿明が突然、現れた。
微かに残る幼い頃の記憶に寿明らしき面影はあったが、十五年もの歳月は、簡単に埋まるものではなかった。
しかし、寿明は十五年間の非礼を詫びると共に、彼女が知りたかった、綾乃と離婚した経緯や約束事を教えてくれ、そればかりか、もう一度、史乃と親子関係になりたいと申し出てくれた。
彼女にすれば、いくら、自分が二十歳になるまで会わない約束事があったとは言え、母の死を境に、まるで右から左へと貰われていく犬猫の子のような扱い方には、強い抵抗感があった。
それに、母との思い出が詰まった今の住処を、離れるのは偲びなかった。
寿明は、そんな史乃の心境を汲み取りながらも、一緒に暮らすのが無理なら後見人として金銭的支援だけでもと、根気よく説得した。
果たして、史乃は折れ、母の四十九日の法要を待って、正式に寿明の娘となったのである。
それからの一年間──。二人は、仲のよい親子を演じてきた。
寿明の、年頃の娘を持つ父親らしい気苦労とは別に、かつて、愛し合った妻の面影を持つ娘に欲情を覚え、穢れなき肢体を凌辱したいという下心がある自分に幻滅し、それ以降、ずっと胸の内に蓋をしてきた。
ところが、意外にも史乃も同じ考えで、自分を見る寿明の眼が、時折、娘としてでなく性的対象として見ていると気付いた時、彼女が最初に感じたのは嫌悪でなく、喜びであったのだ。
しかし、現実にはそうはいかない──。
親子で肉体関係に陥る近親相姦というものが、どれ程のリスクを伴うものかと考えた時、史乃は二の足を踏んだ。
それからと言うもの、時折、寿明と情欲の限りを尽くす夢を見るようになったのだが、最近までは月に一、二回ほどだったが、今回のように三日連続で見たのは初めてのことだった。
「また……。」
ベッドから起き上がろうとした史乃は、身体に違和感を覚えた。
股関や尻の辺りが冷たい。そっと掛け布団をめくると、おねしょでも漏らしたように、シーツからパジャマ、ショーツまで濡れていたのだ。
憂鬱な気分が史乃の中で広がった。
同様の夢を見た最近の頃は、ショーツが少し滲みている程度だったのが、次第にぐっしょり濡らすようになり、とうとう、シーツまで濡らすまでになってしまった。
「とにかく、片付けないと。」
史乃は起き上がるとベッドからシーツを引き剥がし、着替えと共に階下に降りていった。
脱衣室の洗濯機へ着ている物とシーツを放り込み、運転スイッチを押してバスルームに消えた。