one lives two case-1
それは、例えば穏やかな水面に映る姿のようなものだ。
自分が存在しなければ、そこに映る誰かもまた、存在しない。
映る姿がないのなら、ここに自分はいない。
それは一心同体。
だから、彼を否定することなど僕たちには出来ないんだ。
One lives,--- two case
「はい、もしもし」
数回の呼び出し音の後に続いたその声は、とても懐かしい響きだった。
「あ、レイ?私、祥子よ」
「・・・祥子。久しぶりだね」
「うん、五年ぶりくらいかな」
互いを推し量るような空気が流れた。
「どうしたの、何かあった?」
昔の恋人から掛けられる優しい言葉に、おもわず肩の力がすっ、とぬける。
「うん、ちょっとね」
言いながら、左手にはめてある指輪に視線を落とす。
「急で悪いんだけれど、近いうちに会えないかしら?」
「・・・良いよ。いつ?」
私はほっと一息ついて続けた。「じゃあ、今週の土曜はどう?」
「分かった。待ち合わせは、例の居酒屋でいいかな?」
「おっけー。それで、時間のほうだけど・・・」
語尾を濁しながら、レイの反応を伺う。
「あぁ、午後十時に」
「うん。じゃあ、土曜の十時に行くわ」
「じゃあ、これから仕事だから」
「分かった。それじゃ」言って電話を切った。
深夜の寒空を見上げ、私は少し涙ぐむ。
闇夜のなかに浮かぶ孤高の月。決して相容れようとはしない金色は、夜にのみ異彩を放つ。
――― 午後十時に
その言葉に、彼の苦しみが滲んでいた。
夜の世界に、彼を置き去りにしてしまった後悔を胸に、あれからの日々を過ごしてきた。
そして神様は再度、私に同じ試練を与える。
私は勤めていた病院でミスを犯し、そのショックから看護婦を辞めた。それがちょうど五年前。患者として出会い、恋人として付き合ってきたレイと別れ、私は実家に身を置くことにした。
五年の歳月は、ゆっくりと私の心を溶かし、癒していった。そしてつい先月、職場復帰を果たす。実家にある小さな病院で、再び看護婦として働くことにした。
土曜日、五年ぶりに訪れたその街は、それほど装いを変えたようには見えなかった。それが、昔の私を誘起させる。あの頃抱いていた理想と、現実とのズレはきっといつまでも埋まることなく日々誤魔化しながら過ごしていく。
人を救いたいと思った。
いまでもそう信じている。
けれど病院では、毎日何人もの患者が命を落としていく。
関わった人たちは、その度に落胆し、失望する。慣れることなんて出来ない。
人を救っているなんて実感は持てなかった。
人を救えなかったという自傷心だけが、しこりのように残る。
光は心に響かず、陰だけがいつも色濃く心を照らす。
けれどまた、私は戻ってきた。
どうして?
―――― 分からない。
時計を見ると、十時五分前。約束の場所に向かう。