A-5
──帰りに、食事に行きましょうよ。
(こいつは……。)
望郷の念にでも駆られたのか?そうでなければ、家庭待ちが家族をおいて、独り身の俺なんかと食事しようなんて思わない筈だ。
申し出としては、正直、とても嬉しい。あの頃の仲間と昔話に花を咲かせる場面を、想像しただけでも楽しいに決まってる。が、その見返りとして吉川との関係が拗れてしまうのは、御免蒙(こうむ)りたい。
(取り敢えず、断りを入れておかないと。)
嘘を吐くのは偲びないが、俺は「誘ってくれて悪いけど、休み明けで仕事が立て込んでて、行けそうにないんだ。」と、彼女に送り返した。
すると、僅かな間も置かず、再び、長岡からメールが届いた。
(明らかに、怒ってるなあ……。)
何とも無味乾燥な「了解です。」の四文字。却って、彼女の心境を雄弁に物語っている。
(どうやら俺は、後輩だけでなく同窓にさえも、気遣うだけの度量が欠落しているようだ。)
そう思っていて、ふと、ある考えが思い浮かんだ。
(これは、良い機会かも知れない。)
──結局、俺自身に他人を慮(おもんぱか)る気持ちが根づかない限り、生き様をドラスティックに変えるなんて、土台、無理な話じゃないのか?
(そうだ。これは自分を変える為の機会を、与えられたんじゃないのか!)
そうと決めれば、事は早いほど良い──。俺は再び、長岡に送り返すメールを綴った。
「──度々、申し訳ない。先程の食事の件、やっぱり君と行きたくなった。
そこで、今度は僕の方から誘わせてくれ。詳細については後ほど送るので。取り急ぎ、宜しく。」
俺としては、かなり気を遣って書いたつもりだった。果たして、返信は瞬く間に届いたが、中身は先程と寸分違わぬ「了解です。」だけ。
(まあ、いいさ。これで、後戻りは出来なくなったんだから。)
心の中で、今朝と似た清々しさを感じた。
亜紀への偏愛から脱却する為に、初めて行動すると決めた事が、そう思わせてるのかも知れない。