亜美-7
社に戻ると礼子から渡されたカメラはデジタル・カメラであった。これはパソコンにつなげば現像しなくてもいいのだ。焼き付けが必要なら、パソコンにつないであるプリンターでプリント・アウトすればいい。印刷も多分今の技術ならデジタル・データをそのまま受け入れる印刷機があるのだろう。しかしカメラの操作は今までの普通のカメラと同じ筈だから使えないことは無いと思う。一応シャッターやレンズなどあちこち見て確認していたら、礼子がトイレから戻ってきた。何となく綺麗になったような気がしたのはトイレで化粧直しして来たからである。礼子が取材対象になってしまうとはどういうことなのだろうかと思ったが何となく質問するのがはばかられて疑問は疑問のままである。いずれ2人で行動していれば分かるだろう。
縄師の家というのは郊外の建て売り住宅が並ぶ中の1軒で、何の変哲もない家だった。奥さんらしい若い女性に案内されて中に通されると広い板張りの部屋に座布団を敷いて座っていた男は50代なのではないかと思われた。随分若い奥さんをもっていることになる。
名刺交換をすると赤尾礼子の名前は良く知っていたようである。
「礼子さんの存在は光ってますね。他のSM雑誌と違うのは女性スタッフの有無なんでしょうね。SMが男と女の間で行われるというのに、それを取材して発表する側に女性がいないというのは、そもそもおかしいんですよ」
「有り難うございます。そう言って頂けると張りが出ます」
「今日はいろいろ資料を用意したんですが」
「それはそれは」
「いや、資料と言っても写真だけなんですけどね」
「ええ、勿論それで結構です」
「それがですね。お見せするのは勿論いいんですが、考えたら雑誌に載せるとなると、ちょっと私の手持ちの写真はまずいんではないかと思い当たりまして」
「は? どうしてでしょう」
「ええ、私は縄師ですから自分では写真を撮らない訳です。ですから私的な集まりで私が縛りの腕を披露して別の参加者が撮った写真と、後は他の雑誌社に頼まれて縛った時の写真しか無いんですよ。でもそうすると私的な集まりの奴は私が縄師だということで特別に分けて貰った写真なんで、雑誌に発表するとなると私の一存ではまずいんではないかと思うんです。それから他の雑誌社の依頼で縛った時に貰った写真は、尚のことまずい訳ですよね」
「なるほど、それは困りましたね」
「ええ、ですけど心配しないで下さい。折角おいで頂いたのに写真も無しに帰すなんてことは出来ませんから、ちゃんと考えてあります」
「と言いますと?」
「うちの奴を裸にして縛りますからそれを此処で写真に撮ってやって下さい」
「あ、それは助かります」
「顔なんかも出して下さって結構ですから」
「大丈夫なんでしょうか?」
「ええ、うちの奴は化粧すると大分顔が変わるんですよ。それに普段は全く化粧なんかしませんから顔を出して貰っても人に気付かれる心配は無いんです」
「なるほど。うちの雑誌は目線を入れるか入れないかを慎重に考慮していて、非常に苦労しているんです。目線無しで掲載してくれてかまわないと言われると大変助かります」
「ええ、目線なんて却って厭らしいから僕は嫌いなんです」
「余計なことですけど、それは奥様もご承知でいらっしゃいますか?」
「ええ、大丈夫です。あいつは少々、いやかなり露出狂気味の所があるから、近所の人にばれた方が嬉しいんじゃないかな。僕の方は困るけど。と言っても僕があいつを露出狂にしたんだから、まあ勝手と言えば勝手なんだけど」
「はあなるほど。円満で宜しゅうございますね」
「それじゃ写真を見て頂いて、こんなのがいいと思う物を選んで下さい。そしたらそんな感じに縛ってみますから」
「あの、出来ましたら着衣のやつと、裸のやつと両方撮らせて頂きたいんですが」
「ああ、構いませんよ。何かリクエストがありますか? 和服がいいとか」
「そうですねえ。和服となると時間がかかりそうだから洋服で結構です」
「それでは早速準備しますから、写真を見ていて下さい」
「はい」
縄師なんて服装はどうでも良さそうだが、着替えてくると言って部屋を出ていった。