亜美-46
「今日はちょっとね、お願いがあるの」
「はい、何でしょう」
「おじさんに会ってほしいの」
「おじさん?」
「おじさんと言っても血のつながりないんだけど」
「ほう」
「私の母と長いこと男女関係にあった人」
「ああ、なるほど」
「私は、母が生きているときにはそれを知らなかったんだけど、遺品を整理していてあちこちで名前が出てくるんで、その人を訪ねてみたの」
「なるほど」
「それで詳しいことを聞かされて、思い当たることが沢山あったので、本当の話だと分かったの」
「そうですか」
「そしてそれ以来、その人が私の足長おじさんみたいな存在になってくれたの」
「そうですか。全くの独りではなかったんですね。それを聞いてほっとしました」
「ええ。で、そのおじさんに会ってほしいの」
「どういった用件でしょう?」
「だから二人のこと」
「え?」
「そろそろ二人の関係をはっきりさせてもいいころのように思って」
「はあ」
「いや?」
「いえ、とんでもない」
「なんか、ぼうっとしてるわよ」
「ああ、まあ、突然だったので」
「突然じゃないでしょう。プールにいるとき言ったじゃないの」
「ああ、そうでしたね」
「で、そのおじさんだけど、とても忙しい人なので、あちらの都合に合わせないといけないんだけど、会社の休みをとれる?」
「長い時間でなければ、休みを取らなくても大丈夫ですけど………、えっと、京都の人ですか?」
「いいえ、東京」
「それなら大体いつでも大丈夫だと思います。時間はとても自由の利く会社だから」
「そう」
「で、どういった職業の方ですか」
「社長」
「ほう。どんな会社ですか」
「この人」
亜美はそう言って雑誌を開いて示した。それは経済雑誌で、顔こそ見たことがあるなという程度だが、その下にある名前を見て驚いた。それは日本の大会社と言うよりも、世界でも多分大会社になるのではないだろうかという会社の社長である。
「この人が亜美さんのおじさん?」
「ええ」
「驚いたな」
「そうお?」
「ちょっと怖くなってきた」
「え?ヤクザじゃないわよ」
「分かってますよ。ヤクザの方がまだ怖くない」
「どうして?」
「どうしてって言われても」
「別にあなたの会社の社長じゃないから怖がることは無いわよ」
「そうなんですけど」
「でね、今日はずっとあなたと一緒にいるから、時間が取れたときに電話してくれるように言ってあるの」
「へ?」
「そんなハトが豆鉄砲食らったみたいな顔をしないでよ」
「この人がおじさんというの、冗談ではないですよね」
亜美は黙ってキャビネットを開けるとアルバムを出して見せた。確かにそこには亜美と例の社長が一緒に写っている写真が沢山ある。なるほど、そういうことだから亜美がこんなぜいたくな生活が出来るわけなんだ、と誠司は思った。株の配当なんてよほどの大株主だって、それだけでぜいたくな生活が出来るほどの金額にはならないはずである。
誠司はどうやら亜美に結婚しようと言われているらしい。それは誠司のように何の取り柄もない薄給の男にとっては願ってもないことである。願ってもないことなのだが、なんで僕なんだ?礼子と同じように僕を奴隷にしたいと思っているのか?
結婚なんて考えたことも無かったので、突然色々な事が頭に浮かんできてしまった。ジャーナリストと言ったら大げさに過ぎるけれども、雑学的な軽い分野の取材を重ねて遠い将来は雑学的なものを書くフリーのライターなどを夢見ていた。それがどこで別のコースに逸れてしまったのか分からないが、希代の美女と恋仲になり、結婚という話にまでなっているようだ。