君と僕との狂騒曲-1
この物語は君と僕が最も多感だった頃の青春のラブ・ストーリーだ。
誰もがいくつもの青春の物語を持っている。ほとんど例外なく、それは万華鏡のような狂おしい色彩に包まれた歓喜と悲哀と苦痛の物語になる。
ここで語られる話は、多くは秘やかな森の中で、あるいは真夜中の道路で、激しい雨の後の渓流のざわめく岩の上で、時折豊かな緑に覆われた図書館の陰で回されたフィルムが描く、特に変わらない世界の一部である。ただし物語の主役は君と僕であり、君と僕が織りなす毎日を中心に紡がれた物語だ。
いまでも僕は君のことを思い出すと、正直、ひどく切なくなる。君が今、どこで何をしているのか知らないことが、化膿した傷のように疼くからかも知れない。
君に逢いたい。君と昔のようにつまらないことで笑いたい。出来ることなら、君を思いっきり抱きしめたい。僕よりほんのちょっと背の低い君の髪の毛は、今でもシャンプーやリンスの清々しい香りに隠れて、あのミルクのような甘い香りに満たされているだろうか。僕は相変わらず乾いた草のような香りを持っている。変わらないよね、そういうことはなかなか。
もしこの小さな物語が、神様のくれた偶然によって、君が知ることになったら、そんなに幸福な事はない。僕がこの無骨で愛嬌のない物語を描くことになるのは、本当に君に逢いたいからという気持は隠せないね。
とにかく始めよう。本当に続けられるかは解らないけど、精一杯背伸びをして、やれることは全てやってみよう。君と僕との甘酸っぱくて、とびきり素敵な物語をね。
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君と僕とが出会ったのはいくつの時なのか、はっきりしない。
君はカブスカウトに「兎」で入団し、僕は「鹿」から入った。なぜ鹿から入るはめになった理由は、定員オーバーのため。当時、自分の子供をカブスカウトに入団させるのが、ちょっとしたブームだった。で、翌年繰り越しとなって入団した僕は、小学校4年生で君と出会った計算になる。が、同じ小学校にいたにも拘わらず家も２００メートルぐらいしか離れてなかったのに、何故か君と遊んでいた記憶はないんだ。不思議だね。僕はもう小学校では有名な絵描きで、泣き虫で、いじめられていたから、（生徒じゃなくて、担任の教師だったけど。）そんな僕に安心するのか、芸術家の卵と認定されたのか（ひとつでも取り柄があるといいものだ）僕はとても友人が多かったので忙しかったのも理由のひとつかも知れない。それに僕はアーサー・ランサムの影響で、手作りの船を造って池を横断してみたり、雪の降った日に坂をすべり降りたり、君から見れば僕は幼稚に見えたのかも知れない。
カブスカウトでは遅れてやってきた僕が銀の星ふたつ。君は金の星ふたつに銀の星が４つだと思った。ランクというか格式というか、君は常に上昇気質だったよね。違う班に所属していた僕らが心やすく話すこともなかったな。
で、カブスカウトで何をしていたかというと、赤い羽根募金とか、地図を読む練習のハイキングとか、夏のバンガローとか、特に何をするでもなく口を開けていればお腹がいっぱいになった。地元のカソリック教会を拠点としていたので、クリスマスの儀式だけは綺麗で、ひとりひとりがキャンドルを持って歩くのが嬉しかったけど、それだけ。集団の連帯感みたいなものはあったけどね。
カブスカウトは単にブームだったようで、ボーイスカウトになろうとした子供はほとんど残らなかった。
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じゃあなぜ僕はボーイスカウトに憧れたか。それは山梨県の清里のバンガローに泊まっていたときに、ボーイスカウトの夕食に招かれたのがきっかけだった。
夏の夜、清里高原の真っ暗闇のなか、懐中電灯と食器を持って森の中へ入ってゆくだけでもドキドキした。「少年の血は熱いからさ」当時僕が読んでいた本の中でずば抜けてお気に入りだったレイ・ブラッドベリの「何かが道をやってくる」のなかに出てくる言葉を思い出す。
やがて森の暗がりにチラチラする明かりが見えた。灯油のカンテラとアセチレン・ランプに照らされたキャンプは、木を伐採してシュロ縄で垣根縛りで作られた食器棚、土を掘って足を入れるようにした食卓、がっしりとした造りの立ち釜の炎が揺れ、フライ・テントに大きな人影が長くなったり短くなったりして動いていた。切り株に無造作に切り込ませた鉈や斧の鈍い輝き。
「秘密基地」それが第一印象だった。むせかえるような樹液とオゾンの濃密な大気。そして面倒をみてくれた班長は中学校２年生。わずか14歳で森の中で一週間近い間、自分自身で自分の面倒を見るばかりではなく、下の階級の少年達を鍛え、教えることが出来る少年たち。いくら夜起きてても、必要ならいくらでも自由に森の中で暮らせる世界。心に暖かい炎が灯った。それは、絶対にここの住人になって、ここへ帰ってくるぞ。という固い決意だった。こんな凄い星空を見つめて眠ってやるんだってね。
ちなみに、その時食べた豚汁とご飯は、信じられないほど美味しかった。