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君と僕との狂騒曲
【ショタ 官能小説】

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君と僕との狂騒曲-9


 儀式は集団をより強固な群体に変える。いわゆる「偉い人」の訓辞もなく、全団員が心から尊敬する隊長でさえ何一つ訓辞を述べるでもなく、いつもそんな風に夜の宴は始まる。そこは妖精の森であり、豊かな樹液の香りが麻薬のように全員を満たす、人が人というかたちを束の間忘れてしまう、奇跡の空間だ。

 そして班ごとに順番で「演しもの」をやる。それは歌だったり、ちょっとした寸劇だったり(大方は隊長や隊付きなど、年上の連中のパロディだった)時にはスカウトハウスでみっちりと練習したオペレッタだったり、隊長まで含めて誰もが子供に還るつかみどころのない聖夜だった。
               *
 キャンプ・ファイヤーはだいたいキャンプ最後の夜に行われる。つまり明日は撤収になるのだから、余裕のあるタイムテーブルだ。君と僕はぽっかり空いた時間に、仲良く隣に座って話をする。急速に接近中の僕らは嘘を言って騙しあったり、たわいのない事でゲラゲラ笑い、凄くハイだった。君は僕の影響をだんだん受けてきて、ものすごく面白いジョークをいつもと変わらない凛とした表情で口にする、というオリジナルの特技を開発した。どんな文豪だって言葉で表現する事の出来ない、精妙なタイミング。灯油の燃える防風ランプがブナや楢の木に囲まれた君と僕とを映し出し、森の内側に長く大きな影が踊る。

「……で、ブラッドベリはメルヴィル原作の「白鯨」の脚本を担当したわけ。」

「あれは凄い映画だったな。白鯨に縛り付けられたエイハブ船長が…」

「おいでおいでをする。けどもね、ブラッドベリは撮影現場に三ヶ月も遅刻したそうだ」僕はくるくるっとナイフを弄んで、目の前の切り株に落とした。

「なんで?」「つまり……」君の瞳にカンテラの炎が踊っている。

「ジョン・ヒューストン監督は、ブラッドベリに約束させようとしたんだけど、ブラッドベリが断った。三ヶ月はかかるってね。」

「ふむ。締切があったとか。」

「いいや、単純にその日数が必要だったのさ。」

 僕はナイフを指で弾いた。ぶーん。

「ブラッドベリはさ、飛行機に乗れない」

「なんで?」

「空気より重い物が空を飛ぶはずがないってね。」

 君は鼻で笑った。「宇宙より危険なのかい」

「で、彼は安全な方法でアイルランドまで行った。大西洋を横断して、単独のヨットでね。風を読み、潮に乗って」

「飛行機よりはるかに危険じゃん」

「僕もそう思うよ」

 キャンプが終わったって、同じ学校の同じクラスに帰るだけなのに、キャンプ前より数段年をとった気分になる。本物のキャンプとはそういうものだ。

 苦しいけれど、来月には清里に行かなくてはならない。どんなに辛くても、君と一緒に湧き水から飲む水のうまさを共に喜び、ミニ・ハイクで一緒に歩くことが出来るなんて、これ以上ないぐらい僕は幸せだった。
              *
 僕は美術系英才教育ってやつを受けていた。

 父はとにかく母は大の読書家で、美術全般に優れていて、具体的なことを書いたらきりがないので置いておこう。だから家には世界文学全集、日本文学全集の他にも、世界の美術の全集もあった。

 母が珍しく家にいるときには、小学生の僕を膝に乗せて「ねえ、この絵はどう思うの?」「この絵、素敵じゃない?」と、ギリシャ彫刻からアンディ・ウォーホールまであらゆる絵を見せて育てた。今考えると随分無茶な事をされたものだ。小学生の小さな僕は、色々な画家の絵を「この真ん中にある赤いボートがアクセントになって居る」とか「この人はとても神様を愛している」とか、冗談みたいな評論家にまでなった。

 そんな小学校2年生のお気に入りは「サルバドール・ダリ」だった。2番目と3番目は(どっちがいいかは分からないけど)レンブラントとフェルメール。全てに共通しているのは、リアリズムと物語。ただ「絵が上手い」のでは全然だめだ。絵画には意味がなくてはならない。なぜそれを選んで、なぜそうやって表現するか。僕は幼くしてそれを知っていた。

 しかし、それを具体的に学んだのは絵画だけではなく、どちらかと言うと「文学」だった。文字は僕に惜しげもなく素晴らしいイメージを与え続けてくれた。


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