君と僕との狂騒曲-30
キャンプに戻ると、全員が僕を待っていた。
まず大槻先輩がにこやかにやってきて、僕の肩を抱いた。「よくやった」
「ウオー」全員が飛び跳ねた。「ひーひっひっひい」みんなが歩く僕をひっぱたいてゆく。僕に蹴られたカボチャ頭が、「馬鹿かと思ってたけど、おまえ、凄いな」僕はやつの肩を思いっきりひっぱたいた。大嘘とバッカーノは「なんで俺たちを紹介しないわけ?」と悲しみに沈んでいる。僕は言った。「チャンスってのを逃しちまうと、ほら、こんなゾンビになる。やらない失敗よりやった失敗の方がスマートってことさ」大木先輩は珍しくニコニコして近寄り、僕の太股を片手で握ると、僕を空高く持ち上げた。まあ、彼なりの祝福なんだろうけど。
気がつくと、僅か一時間で僕はヒーローになっていた。
僕は目立ちたくないのにね。
*
夜に沈んだ丘の一番上にある僕らのテントの外に君は立っていた。
「ケンピ、何してたの?」声は銀河を遮る暗黒星雲から聞こえてくる文明のメッセージ。
「砂で皿を洗うってやりかたを聞かれたんでね、実演指導」
「ふーん。あれ、どこで知ったの」
「なんだっけなあ、どこかの本に書いてあったような気がするんだけど」
僕は君を横目で見ながら答える。
「でも、ここみたいに長石って言うか、さらさらの砂じゃなきゃ駄目なんだけどね」
目の前も、右も左も、後まで銀河が広がっている。
僕らは外宇宙を遊泳してるような気分になる。足下の草地が緩んだみたいだ。
「昼間のケンピにゃビックリしたよ」
「マキの素早い対応が決め手だよ。ところで、あの飲み物の出し方、どこで覚えたんだい?お客様の目線よりやや下に腰を下げるってやりかた」
「ありゃ、銀座のクラブのやり方だってさ。親父が言ってた」
「昼間の僕は面白かったかい?」
「豪華絢爛華麗優美の最上級かな」
「だったら、ご褒美が欲しいな」
君が僕を振り返るタイミングを逃さずに僕は動いた。二人の頭が交差するように僕らは口唇を合わせた。君の口唇は冷たかったけど、口腔のなかは暖かそうだった。二秒ぐらいそうして居ただろうか。君は僕の肩をゆっくり掴み、僕らの口唇を離した。
「予感はした?」僕は小さな、甘えた声で言った。
「三年間我慢したんだ。少しぐらい甘えさせてよ」
僕は笑ってふたたび左側の方を向いている君をたぐりよせ、もう一度口唇を重ねた。
こんどは君が僕に抱かれている。僕が差し込んだ舌は君の舌に巻き付き、あふれた唾液を飲み込んだ。甘くて、素敵な味と香り。ふわりとした君の匂い。
長いキスから離れると、もっと強く僕は君を抱きしめた。耳の縁をなで、耳たぶをしゃぶって、ほんの少し甘く噛む。君の背中をまさぐり、美しい肩胛骨を確かめる。君の右手を握って、僕の首に巻き付ける。ほんの小さな力だけれど、君も力を返した。