君と僕との狂騒曲-26
君と僕は特に念入りに三人用の小さなテントを作った。大木風補強を施してあるので、丘の一番高いところ。5リッターはあるタンクに水を詰め、トイレもそう遠くはない。「簡易式便所」なんて生まれて初めて見た。
「なーんか、ぬるいキャンプだなあ。」
「多摩一が辛すぎたんじゃないかな。」君は地平線まで続くテントの集落を埃を嫌うようにして眺めていた。
「そういえば、ボーイスカウト、崖を滑落して死亡なんて聞いたことないし」
「みんなウチみたいのが全国にいたら年に7、8人は死ぬんじゃない?」
「あーあ。」君は憂鬱そうに空を仰ぎ見る。いつのまにか、青黒い空に変わっていた。
「うちの連中、帰ったらだれるぞ、絶対」
*
まあこういう場合、仕事は見つけるもの。命令を出されてふらふらやっては駄目だ。だから僕はさっさとジャガイモの皮むき。包丁はHenkelのペティナイフ。ちゃんとした仕事はちゃんとした道具から。口笛を吹きながらやるにはもってこいの仕事だ。にんじんも面取りして大きめに。
「なにやってんだよ、おまえ」
年は同じかな。でも付いている階級章は二級だ。背が高くて浅黒い。そして傲慢そうな顔つきで下目使い。
「当番で決まってんだろ、おまえじゃないだろ」
「そんなだらけたお役所仕事をしてると陽がくれちゃうよ」
僕はペティナイフをくるくるって回して、トン、とまな板に立たせる。
「相手してやろうか、このカボチャ頭。でも、ついてこれる?」
僕はばっとテーブルを投げ飛ばした。テーブルと格闘しているやつはじたばたして僕を追いかける。「ひゃっほう」僕は逃げた。カボチャ頭が顔色を変えて追いかけてくる。僕は相手とのタイミングを計る。「ひゃっほう!」僕は飛び上がって水平になり、背後にカンガルーキックを放った。ちょっとだけど、手応えあり。
地面に降り立った僕は、うずくまって片手首を握り、青ざめているカボチャ頭を見下ろした。敵意はきれいに蒸発していた。
「へへっ」と僕は奴の手傷を引っ張る。血は出ているけど、ほんのかすり傷。僕は傷口を口に含んでぺっと吐き、尻のポケットに入っているウイスキーのポケット瓶に入れたオキシフルで傷を洗い、ガーゼをあてて、テープで止める。
「いっちょあがりって。よかったな、俺が救急隊員で」
僕は肩の救急章を爪ではじいた。
調理場に戻ると大槻先輩が居た。僕はいたずら小僧みたいに頭をかいた。
「そこそこにしとけよ、けんぴ。まあ、今回はいいや。裏が出てきたら俺を呼べ」
「はーい」
次はタマネギ。根を付けた形で短冊切り。カレーか、豚汁か、シチューになるか。この三種類の食材のフットワークは素晴らしい。
*
結局、その夜はカレーになった。僕は砂場に行って皿洗い(すっごく綺麗になるし水も不要。こーゆーのがボーイスカウトの知恵なんだけどね)食器を持って調理場へゆく途中、どっかの二級の奴が叫びだした。
「うああああ!熱い〜〜〜!」
何のことはない、配膳担当者の指が滑ってカレーがどっと膝にかかっただけだ。本人は泣き叫んでいる。周りがあわててタオルを持ってきたり、水を汲んだりして大騒ぎ。
「へええ、カレーを浴びるほど食えてよかったじゃん」
瞬間的に全員が黙り、僕を見上げた。注目。あははは。
僕は口笛を吹いて洗った皿を置き、また一抱えの汚れた皿を持って下の砂場へ歩いていった。
なんでか、どこでも僕は目立っている。子供の頃からずっと。母親の血か。何をしても地味に暮らすことが出来ない。まあ、こうして初日から僕は一番の有名人になってしまった。こそこそとテントの影から「あれだよ」食卓の向こうから「へーあいつが」何もそんなに気を遣ってくれなくても良いのに。