君と僕との狂騒曲-24
僕らのクラスに転校生がやって来た。「ハタ」という北海道生まれの北海道育ち。こいつがなかなかに音楽に秀でていて、君と僕に少なからぬ影響を与えた。
僕が怖れるEフラットやAフラット、Bフラットマイナーなんていう、ギターでどう押さえても上手く行かないコードをピアノで簡単にやっていた。
彼は僕らにビートルズの「LET IT BE」を熱心に教えてくれた。とにかく凄く簡単。簡単なのに様になっている。君でさえ弾けてしまって、夢中になった。彼はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番のイントロを教えてくれた。Eフラットなんていう最悪のキーなのに、ピアノでは凄く簡単だった。考えてみれば、どんな人間でも「ド」の音を出そうとすれば、ただ鍵盤の「ド」を叩けばいいのだ。これを例えばヴァイオリンで出そうとすれば大変だ。ギターだって、ドレミを弾くのには時間がかかる。でも、ピアノではどんな小さな子供だって出来る。
幸いなことに僕の家にはアップライトのピアノがあった。妹がバレーボールで手首を駄目にしてから誰も弾くことの無かった高価な楽器。僕は「LET IT BE」の要領で、左手のオクターブをギターの親指に、右手をアルペジオにして弾いてみた。
信じられない。ギターで弾けるどんな曲でも簡単に弾くことが出来るのだ。親指を左手で、右手はそのまま。なんて簡単。そのまま「翼をください」を一曲歌ってみた。さすがの秦も舌を巻いた。音楽室の扉には女の子がべったりと張り付いていた。清里のバンガローの窓にびっしりくっついた蛾の大群だ。
これで僕は「どんな曲でも弾けるピアニスト」になってしまった。
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いくつかの謎。クボちゃんは君と僕と何故か仲が良かった。でもなんで、と考えると思い出せない。40歳という若さで死んでしまったオグラと初めて友人になったのか、これも思い出せない。モリーという動物好きの友人は僕と行木（こいつとは多分永遠に友人だろう）とモデルガンで知り合った。ライチはその頃絶交状態だったけど、永遠の友達のひとりだろう。モリーとライチはミニコミを作っていて、「猫の後尾について」という特集をやって職員会議で発禁本に認定された。
君と僕とクボちゃんも「モリモリぱくぱく」という同人誌をやっていたのだが、内容が何だったか思い出せない。短い期間だったけど、中学三年生というのは思いの外忙しかった。3年1組の担任の橋本先生は妙に僕に肩入れしていた。
考えると一番不思議だったことは君と三年間、ずっと一組で一緒だったこと。何故か一組は「問題のある生徒」がいなかった。音楽の教師からは「他のクラスに聴かせてやりたいわ」なんていう絶賛をぼくらに与えた。僕の二重生活は知られていないし、僕の体調の悪さも「受験勉強」あるいは「あの子は芸術家だから」とか勘違いされていたようだった。
かといって、遊んでいたばかりではない。僕には母親の友人の理科大の生徒が主に数学を僕に教えた。彼の考える、苦手な科目を勉強するより、得意な学科を伸ばす方が効率が良いし、内申書も面接も有利になる、という考えに基づくものだ。
彼の推理はその後見事に実現する。気がつかないうちに、僕は「芸術家」になっていたことも有利に働くことになる。なんでもやってみるもんだ。
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音楽もこのころ、急速に盛り上がっていた。ビートルズの解散とストーンズ、ダッチサウンド、ピンクフロイドにキング・クリムソン、JBA、ツェップ。あらゆる音楽が世界中から発信されていた。僕らの多くが「グランド・ファンク・レイルロード」に夢中になっていた。ミッシェル・ポルナレフ、シルヴィ・バルタン。数え切れない世界中の音楽に僕らはくらくらした。一年先輩には「竹内」という生徒が居て、少なくとも三多摩地区ではナンバーワンのベーシストとされていて、当時ではとんでもない勇気のある胸元までの長髪で、高校など行かずにそのままプロの世界へ旅立っていった事も、「ロック」というやつが身近になった事も僕たちは知った。
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さて、中学三年の僕たちには、思いも寄らぬ問題が勃発した。
それは「日本ジャンボリー」という空前のイベントである。うろ覚えだが、確か四年に一度日本の各地で開催される、海外からのボーイスカウトまでが集まる三万人を超えるとんでもないイベントだ。場所は富士山麓朝霧高原。約一週間の長期滞在キャンプだ。
その上皇太子や首相までがやってくるのだから、尋常ではない。
当然、中学三年である隊付の僕は放棄しようと心に決めていた。
いくらなんでも受験前の僕らはジャンボリーどころか各種ゼミナール夏期特訓が口を開けて待っている。秋には完全に受験モード突入である。その上僕は昼間の顔をそんなに続けることなんかできやしない。