君と僕との狂騒曲-22
その頃、僕は自分がかなり強い性欲を持っている事を自覚していたし、僕の母がかなり危ない素行の持ち主だったことも知っていた。母はたまに酒に酔うと、「お前が居たからわたしゃ死ねなかったんだから」と何度も何度も繰り返していた。残念だけど、どんなに努力したって、母親を選ぶことは出来ない。
ところで、君は結構本格的な本読みに変化していた。君は何しろ学校一の英語のスペシャリストだったし、新宿の紀伊国屋まで原書を買うのに付き合わされた。なにしろ原文で本が読めるとんでもない優等生だ。まあ、僕だって「指輪物語」ぐらいは読めないこともなかったけど。まあ、少なくとも辞書は早く読めるようになった。
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短い冬を終えると、君も僕も二本線の入ったワッペンを剥がさなくてはならなかった。三年という時間は長いようであり、短いようであり、考えようによっていろいろだ。まあ、「後進に譲って」などという楽な言葉はボーイスカウトにはない。「責任を取って隊長を辞任します」なんてとんでもないことで、本当に責任をとる。つまりあるべき姿をあるべき形にするために必死になって取り組まなくてはならない。それがボーイスカウトの掟だ。政治家みたいな悠長な事は言ってられない。
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中学三年生になると同時に、君と僕、そして大嘘とバッカーノの4人は「シニアスカウト」に昇進する事になった。
「誓いの言葉」も定められた言葉ではなく、自分で考えなくてはならない。たちまち大嘘とバッカーノは僕に懇願する羽目になる。それぞれ5分づつ考えて、レポートを渡してやる。
ここらへんが難しいのだが、たとえ僕が作ったにしても、「本人らしさ」が肝心である。「まさかあんな奴が」と思われてはならないのだ。「まあ、あいつにしちゃあ良い言葉だった」ぐらいが目安である。愚鈍な連中が聖者の役をするのはどだい無理がある。
どっちにしても、僕らは「隊付」に昇進した。
なにか「隊付」というと適当な感じだが、博打であるのなら親である。
実際にボーイスカウト達のキャリアを作り上げるのは隊長でも副隊長でもない。それは優れた実技としっかりとした頭脳に根性、ずば抜けた技能を持ち、厳しく教育し、そしてボーイスカウトの生命を守ることの出来る人間のことである。
シニア・スカウトで「信頼」を勝ち取ることは厳しい。しかし一回それを手にすることが出来るなら、一生の財産にもなろう。失敗すれば……かなりリアルな厳しい仕事をすることになる。スカウト活動より、将来に対する不安も生まれる。自分の限界を知るのはなかなか難しい。知った後はもっと難しい。そして、シニアスカウトにはシニアスカウトなりの訓練が待っている。
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シニアスカウトはやるべき事はやらなくてはならないが、多くの時間は空いている。あたりまえだ。中学三年なのだから、「高校受験」という大がかりなリアリズムの壁が待っている。まあ、僕ら4人はそう馬鹿じゃないし、(かといって抜群だったという訳でもないが)それほど深刻な状態ではなかった。君は英語力抜群だったので「優等生」のラベルが付いていたが、不思議なほど数学が苦手だったので、総合してそこそこ優秀な生徒だった。僕は君にはちょっと、が二つ三つ……追いつけないけれど、まあまあ普通の生徒だった。(そういう事にしてくださいな。)
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季節が許すなら、君と僕は軽いキャンプに行った。
東京中のボーイスカウトではほとんどないことだったと思う。なにしろ地主から正式に許可されたマイホーム・ヴァレーがあったから。
僕はその谷を「たのしいムーミン一家」「ツバメ号とアマゾン号」「ナルニア国物語」風に、イラストマップを作っていた。中野の次長をやっていた山本の実家が革職人であったため、それは鞣した豚の皮に刻まれた。一回地主に見せたことがあるが、彼は随分感動したものだ。いろいろな言葉を与えられたせせらぎや森に、僕は妖精を与えた。緻密極まる詳細な地図は、ほとんど芸術だった。
「大嘘の森」は大串のキャンプ場だったし、僕らのキャンプ場の横には「マムシの丘」があり、「スズメバチの広場」(中野がやられた)は中野のキャンプ地だった。他にも「迷宮の門」「忌まわしき竃」(僕らが騙されて喰わせられた青大将の肉を焼いた)仕返しに便所の掃除中に出てきた「自然薯のはばかり」などなど。「山茶花の繁み」を「やましゃばな」と読んだ中野には制裁を加えるしか方法がなかったが。
その地図はもう紛失してしまっているが、見つけた人の心をほんの少しばかり幸せにしたのじゃないだろうか。僕はこんな風に、大事な絵や漫画、時には音楽をどこかに忘れてきてしまう。小さいときは悲しかったけど、そのうち「物なんて、大したものじゃないや」と達観してしまった。涸れるような才能なんて本物じゃないってね。
僕の二重生活のように、僕には楽天的で冴えた快楽主義と暗い破滅思考が同居していた。僕は多分、これは芸術家の資質なのかも知れないと自分を慰めた。