衝突-1
「次行くぞー!」
「行くぞー!」
店を出た僕たちは、そのまま歩道でおしゃべりを続けた。通行人たちが迷惑そうに避けていく。
「邪魔だよね、これじゃ。」
友里に囁いた。
「ええ。」
僕は一瞬躊躇ったのち、思い切って言ってみた。この機会を逃すともう会えない気がして。
「ね、この後時間ない?さっきの話の続きを…」
「行くぞコラー!」
「ぐ…。」
一つ上の先輩が、後ろから僕の首に腕を巻き付けて引きずった。
「や、やめてくださいよ。」
「なんだあ?オマエ昔から付き合い悪かったよな。」
「ええ、今も付き合い悪いんです。」
「チッ…。おいコラー!」
彼女は別の後輩の首に腕を引っ掛けに行った。
友里はまだそこに立っていた。
「どうかな?」
目を伏せ俯いて、下唇を噛んでいる。
「そっか、結婚してるんだったね…」
「少し…なら。」
彼女は顔を上げ、僕を見つめた。その瞳に僕は見覚えがあった。教室の窓から手を振っていた、あの時の。
「ありがとう。静かな所に行こうか。」
コクン、と友里は無言で頷いた。
僕はタイミングを見計らい、目で合図をして集団から抜け出した。
歩くうち、記憶の中のこの町と現在のこの町とが交錯した。町並みは変わっていない。しかし、店は入れ替わり、知らないビルが建ち、小さな駐車場があちこちに出来ていた。それらが以前はなんだったのかは思い出せない。
進むにしたがって、目に見えて人通りが減っていった。
「相変わらず人が少ないね、この辺りまで来ると。」
「そうですね。でも、こんな時間に来たことが無いのでよくわかりません。」
友里はちょっと苦笑いしている。
「僕だってほとんどないよ。」
「ほとんど?」
「うん、まあ…。」
繁華街を挟んで駅とは反対方向にあるこのエリアには、若い子たちに人気の小さな公園がある。中央の噴水を囲むようにベンチが配置されていて、植え込みで周辺の通路や歩道と隔てられている。街灯はあまりない。経済力に豊かでない者たちにはありがたい場所なのだ。
まあ、今日はそういうことをするつもりはないけど、静かなので落ち着いて話をしやすいと思って来てみた。
「座ろっか。」
「はい。」
他にも数組の男女が居て、肩を寄せ合っている。うーん、ちょっとマズかったかな、ここは。まあ、来ちゃったものはしょうがない。彼女にはあまり時間がないのだから、あちこち移動している場合ではないだろう。
「何から話せばいいのかなあ。自分から声かけておいて、なんだけど。」
友里は何かを考えている様子で地面を見ている。
「私もです。どう言えば…。」
二人とも話のとっかかりを見つけられずにいる。なぜ友里は手を振り、僕は振り返さなかったのか。
しばし沈黙が流れた。
こういう場合は時間軸に沿って話すのがいちばん誤解が少ないかもしれない。
「…あの日の前日の事覚えてる?」
「前日?」
友里が僕の方に顔を向けた。
「音楽室の前で…。」
彼女の目が少し泳いだ。
「おい!」
突然怒鳴り声が聞こえた。驚いて振り返ると、知らない男が友里を睨んでいた。
「帰るぞ。」
友里の顔が、絵にかいたようにひきつった。
「あの、あなたは?」
その男は僕を無視して近づいてきた。
「主人です、先輩…。」
友里の声は掠れ、身を震わせている。
僕は意外さに声が出なかった。優しく穏やかな友里が、こんな乱暴な奴と結婚した?
「来い。」
友里の夫が彼女の手をガッと掴み、容赦の無い勢いで引っ張った。
「あっ!」
友里は立ち上がりながらバランスを崩した。そんな彼女を僕が抱きしめるように受け止めた。
「なんだお前は。オレの嫁に手を出しやがって。」
「違う、違うの。高校の時の先輩で、話をしていただ…」
男が手を振り上げ、友里に平手打ちを放とうとした。彼女は恐怖で身を固くした。
僕は思わずその手を掴んだ。
「ダメ!先輩、離れて!」
次の瞬間、視界がグルリと回転し、僕は地面に叩き付けられていた。息が出来ない。
「ぐぅ…。」
「ふんっ。素人がオレに敵うわけないだろ。」
「先輩…。」
友里が引きずられていく。
「待…て…。」
男が立ち止まった。
「おい友里。嫁の分際で他にオトコを作りやがって。」
「違います、この人はそんなんじゃ…」
「店に迎えに行ったらオマエが居ない。その辺に居たヤツに訊いたら二人で歩いて行ったって言うから来てみれば。こんなところで密会か。」
「違いますってば!」
「いつからだ。」
聞く耳を持たず、か。
ガシッ。
「ああっ!」
友里が殴られた。
「!」
男は地面に転んだ友里の髪を掴んで引っ張り上げた。
「言え、いつからオレを裏切ってた。」
友里は唇を震わせ、もう声も出ない。
「言わない気か?」
「ああっ、ああっ!」
男は髪を掴んだ友里を振り回し、投げ飛ばそうとした。
その時、僕の指先に何か固い物が触れた。
「や…め…ろぉおーーー!」
僕は棒状の何かを掴み、男に振り下ろした。格闘技をやってるなら、避けるなり受け流すなりするだろう。そのスキに友里を引き離せれば…。
男は予想通り身構えた。余裕の表情だ。しかし、僕の足がよろけ、予想外の軌跡を描いた攻撃が繰り出された。
ガッ。
男は声も上げずにその場に崩れ落ちた。
カラーン。
僕の手から落ちた金属バットが乾いた音を響かせて転がった。
友里は地面にペタンと座ったまま、口に両手を当て、目を見開いて自分の夫を見ている。