邂逅-1
「いらっしゃいませー!」
引き戸を開くと、炭火と油の匂いがする生暖かい空気に包まれた。床はヌルリと足を取り、気を付けなければ転びそうだ。
本当はこういう店は苦手なのだが、ある目的があって参加を決めた。
「皆さんお揃いですよ。」
カウンター席の横を通り抜け、狭い通路を少し進むと、聞き覚えのある声がいくつか飛んできた。
「おお、生きてたか。」
「なんだお前、どこで何してたんだよ。」
案内されたのは襖で区切っただけの簡易な個室。そこには、かつて毎日顔を合わせていた十数人の男女が掘りごたつ式のテーブルを囲んで座っていた。
彼らの容姿は十年の歳月を経てそれなりの変化を受けている。なのに、あの頃の顔と楽器が重なって見える。まるで、最後に会った時から今この瞬間までの時差がゼロであるかのように。
「生きてるさ、死んでないからな。それに、どこかで何かをしていたさ。」
僕がつぶやくようにそう言うと、一人の女性と目が合った。
「先輩、相変わらずですね。」
友里…。
「隣、よかったら。」
「うん、ありがとう。」
「お元気そうですね。」
「須藤さんも元気そうでよかったよ。」
ああ、友里…。
「全員揃ったなー?」
「おおー!」
「えーそれでは。高塚南高校吹奏楽部、十七期生から十九期生その他の同窓会を始めるのだ!」
「のだ!」
「おいおい、俺らはその他かよ。」
「カンパーイ!」
「無視?ねえ無視?」
「まあまあ。」
僕は十七期生で友里は十九期生。つまり彼女は二つ下の後輩だ。
「須藤さん、卒業してからどうしてたの?」
乾杯のコップをテーブルに置きながら、隣に座っている友里に話しかけた。
「しばらく楽器店でバイトして、それで…結婚しました。」
本当は知っていた。
「そうなんだ。やっぱり音楽関係で働いてたんだね。」
結婚、のところには触れなかった。
「ええ。先輩はどうされてたんですか?」
「どこかで何かを…」
「ふふ、それ、もういいですってば!」
制服姿の友里は、色白でふっくら丸顔で、切りそろえた前髪と内巻きのショートカットがよく似合う可愛らしい子だった。
今隣に座っている友里は少し痩せたようにも感じるけれど、スッキリと品があり、美人と言える顔だちをしている。控えめなウェーブのロングヘアー、嫌味の無いナチュラルメイクにも好感が持てる。
彼女は、素敵な大人の女に成長していた。
「ごめん。なんだかこういう言い回しになっちゃうんだよ。」
「それ、嫌いじゃないですよ、私。」
嫌いじゃない…か。
「コイツさ、音大出てゲーム会社でサウンドやってるんだぜ。」
「オマエ。横っちょから入ってくるなよ。相変わらずだな。」
「いいじゃないか。ホントなんだから。」
「いや、話の内容じゃなくてだな。」
友里がそんな俺たちを微笑んで見つめている。
「変わりませんね。ついさっきの事みたいな気がしますよ、お二人がそんなふうに。」
「そうだね。でも、君は変わった。」
「え…。」
「綺麗になったね、須藤さん。」
「な、なに言ってるんですか。」
「あの頃は零れ落ちそうなくらいに可愛くてたまらなかったけど。」
友里は俯いて上目遣いに見つめてきた。
「そんなこと、言ってくれたこと無かったじゃないですか。」
「本人にこんなことを素直に言えるぐらい、あれから時間が経ったということさ。」
「あ、おかず取りましょうか?」
照れ隠しだろうか、取り皿にいくつか取り分けてくれた。
その時友里の体が傾き、ワンピースの裾が少しだけ捲れて白い太腿が見えた。
「これでいいですか?」
友里が急に振り向いた。慌てて太腿から目を逸らしたが、間に合ったとは思えない。
「うんありがとう。ところでさ。」
「はい。」
「…いや、いいよ。」
服を見てただけ、と言って誤魔化そうとしたんだけど、無理そうなのでやめた。まあ、服が気になったのは事実だけど。
スーツ風のグレイのワンピース。上品、と言えば聞こえはいいが、はっきり言って地味だ。それに、なんだか窮屈そうに見える。
「ああ、これですか。」
友里が自分の服装を見回した。
「上品、と言えば聞こえはいいんでしょうけど、地味ですよね。それに、結構窮屈なんですよ、太ったつもりはないんですけど。」
彼女の方から僕に都合の良い解釈をしてくれた。
「せっかく先輩に会えるんだから、もっと可愛い感じにしたかったんですけどね…。」
友里が目を伏せた。
「まあ、正直地味だよ。はは。」
「う…。」
「でもね、服装なんて須藤さんそのものの魅力とは関係ないよ。僕は、会えただけで最高にうれしい。」
「先輩…。」
友里の顔に花のような笑顔が広がった。
「私そのものの、魅力…。」
服に関係ない友里そのもの。ちょっとイケナイ妄想をしてしまった。
「話したいことが…」
「話したいことが…」
同時。
「お先に。」
「お先に。」
同時。
「レディファースト。」
「年上の方から。」
同時。
「じゃんけんで。」
「じゃんけんで。」
僕が勝った。