時間-4
(4)
部屋に戻り、ひと心地ついたように2人とも息をついた。
窓を開けるとひんやりと冷気が流れてくる。
11月半ば、夜の冷え込みは東京の師走頃に相当するだろうか。
「旅行、久しぶりだよ」
「あたしもよ。のんびりするって、いいなあ……」
「暖房つけようか」
「そうね……」
二次会にしようと、はしゃいでいた京子は、なんだか気だるそうに見えた。
「疲れた?」
「ううん、元気ですよ。まだまだ飲みますよ」
何か所か立ち寄ったから、東京からの走行距離250キロ。若い頃なら何のことはなかったが、今は少しきつい。乗っているだけでも疲れるだろう。
「ビールでいい?」
テーブルにグラスを並べながら、
「そうだ、あたし、ワンカップ買ってきたんだ。日本酒きらい?」
「飲むよ」
「じゃ、日本酒」
「つまみ、何もないな」
「いいよ。いっぱい食べたし。……葛西君、お風呂お湯入れてよ。あとで入るでしょ?」
「ヒノキ風呂?」
「他にないでしょ」
言いながらケラケラ笑う。調子がよくなってきた。
京子は公務員である。いや、だった、というほうが正しい。再任用の職も求めず、完全に退職した。公務員の中でもかなり『お堅い』関係で、女性の少ない職場である。
「厳しかったわ……泣いたこともあったけど……」
京子は俯いてからすぐに顔を上げ、
「やめた。こういう話やめよう。あたしの時間はこれから。いいでしょ?葛西君」
「うん、わかった。やめよう。いま、飲んでる、京子ちゃんと」
「葛西君と」
京子がコップを差し向け、私たちは乾杯した。
思い出話はあったが、多くはその時々流行ったこと、歌、出来事……それらに自分たちのその頃を重ねた話題に盛り上がった。暗黙の裡に、仕事、家庭の話は出なかった。
「東京オリンピックのこと、憶えてる?」
「何となくね、小学校1年だっけ?」
「あとでオリンピックの映画観に行った。面白くなかったけど」
「またくるんだね……2020年」
「あと2年……」
「あっという間でしょうね」
日本酒がなくなり、冷蔵庫から京子がワインを出してきた。
「いきますよ」
「いきましょう」
静かな夜、2人だけの部屋は明るく言葉が飛び交った。
「あ、お湯出しっぱなし」
「見てくる」
湯船にはお湯が満々と湛えられ、やわらかな湯気が霞むほどに満ちていた。
「あふれる寸前だよ」
京子もやってきて、
「わあ、いい香り」
ヒノキの香りは湯を含むと際立つのだろうか。
「入ると溢れるよ。ざばっと」
「ざばっとね。気持ちいいわよ。2人で入ったらすごいんじゃない?」
私は京子の顔を見ずに、
「洪水状態だろうな」
返事はない。
湯を止めて振り向く。
「入っちゃおう」
顔を見ると、笑ってはいたが、目を伏せ、上目に私を窺った。
「ほら、混浴よ」
私の肩を叩いた。
「おばあちゃんじゃいや?」
言いながら京子は背を向けて浴衣を脱ぎ始めた。ためらっている余裕はない。
パンツに手を掛け、後ろを見ると京子と目が合った。同じ下着1枚である。
「ふふ……」
その向きのまま、
「12の3で一緒によ」
京子の掛け声で脱ぎ捨て、タオルを手に取ると手を掴まれた。
「いっしょなら恥ずかしくない」
私を引っ張った。私に言ったというより自分に言い聞かせたような感じだった。
手をつないだまま足を入れ、
「洪水になりまーす」
同時に体を沈めていった。
「うわぁ」
湯が盛り上がり滝のように湯が溢れ、洗い場いっぱいにひろがった。シャンプーの容器が流されて倒れた。
「すごい……」
私たちは並んでその『大騒ぎ』を見つめていた。手は握ったままだった。
静かになった。
目が合って、京子が視線を外す。
「やっぱり、恥ずかしい……」
手を放して離れようとする体を抱き寄せた。
「あ……」
温かな女体を包み、首筋に口を当てた。
「ああ……だめ……」
脚を閉じて下半身を斜めにする。私は完全に勃起していた。
小さな胸……。乳首をそっとつまむ。
「あう……」
のけ反った弾みで脚が緩み、私の体が入り込んだ。背中に手を回して股間が密着した。
「葛西君……」
「好きだったんだ」
「初恋は遠い昔」
「今でも好きだ」
京子は何も答えない。息が乱れている。
ややあって、京子の腕が私の首に巻き付いてきた。
柔らかな湯の中で触れ合う肌。
(京子だ……)
抱き合う腕に互いに力がこもる。
「出ましょう……」
京子が頬を摺り寄せて囁いた。