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マリア
【その他 官能小説】

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マリア-5

 倉田は重度の糖尿病で、週に2回インシュリンの注射を受けている。時々低血糖になると自分で分かるらしくて青い顔して
 「アンパン買ってきてくれ」
 と言う。それくらいだからあっちの方はとうに駄目な筈なのに、女に対する関心だけは強い。今も花を持って事務所に来たので、らしく無いことをすると不思議に思っていたが、駅前で女の子に売りつけられたのだと言う。どこかの宗教団体が信者を使ってそうした金稼ぎをするのである。ちょっと見目うるわしい女は水商売で働かせ、水商売にはとても向かないという女をこうした仕事につかせて、奉仕活動などと称するのである。だから花売りの女の子が可愛かったはずがない。

 「いくらだったんですか?」
 「1000円以上ならいくらでもいいって言うから1000円渡した」
 「何ですかそれは」
 「何ですかとは?」
 「1000円と言うなら分かりますけど1000円以上というのは」
 「恵まれない子に売り上げを寄付するんだと言いおった」
 「そんなのどうせ、ぶくぶく太った宗教団体の教祖の懐に入るに決まってますよ」
 「まあそうだろうな」
 「1000円も出して花屋で買えばもっとずっといい花が買えるのに」
 「あんた花に関心があるのか」
 「別にありません」
 「花の値段に詳しいみたいじゃないか」
 「そんなの常識ですよ。こんな貧弱な花が1000円で高すぎるってことくらい」
 「そうか」
 「寄付なんて会長らしくも無いじゃないですか」
 「いや、ひょいと目の前に突き出しよるんで、何気なく拍子で受け取ってしまったんだ。それで『これは何だ』と言ったら『恵まれない子の為に寄付を募っています。1000円以上ならいくらでも結構ですから買って下さい』と言うんだ。『俺はそんな物お断りだ』って言って花を返そうとしたら両手を後ろに廻して受け取りやがらないんだ。それで仕方なく買っちまったんだ」
 「なんとまあ。鼻の下でも伸ばして歩いていたんでしょう」
 「いや、いくら俺でも鼻の下が縮み上がりそうなご面相した女だった」
 「まあそうでしょう。受け取らないんだったら花を地面に置いて来てしまえばいいんですよ」
 「なるほど。そういう手があったか」
 「まあ折角買ってきたんだからコップにでも入れておきますか」
 「花瓶は無いのか?」
 「そんな気の利いたもんはありません」
 「そうか。まあ花瓶に挿すのはちょっと貧弱で気が引けるな」
 「そうですよ。もっと立派な花なら花瓶を買ってきますけど、これじゃコップが精々いいとこでしょう」
 「隣の事務所にくれてやったらどうだ。可愛い姉ちゃんがいるだろう」
 「眼が早いですねぇ。だけど可愛い姉ちゃんにあげるんならもっといい奴でないと恥ずかしくて駄目です」
 「それもそうだな。それじゃ捨てちまえ」
 「まあ、貧相でも花は花だから、枯れるまでコップに挿しておきますよ」
 「意外に心優しい所があるんだな」
 「意外じゃありませんよ」
 「あ、いかん。アンパン買ってくるの忘れた」
 「調子悪くなりましたか?」
 「いや、まだ大丈夫だが、明日病院に行く日だからアンパン用意しとかないとそろそろ危ない」
 「それじゃ買ってきます」
 「ああ頼む」

 コンビニに行くとあいにくアンパンが無かった。甘いものなら何でもいいだろうと思ってアンマンを買って帰った。するとやはり倉田は、どす黒い顔色になっていて大儀そうにしていた。糖尿病というのは怖い病気なのだなと思った。



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