マリア-25
「なるほど。それなら店をオープンしてみたらどうなのかな。失敗したら又ソープランドに戻ればいいんだし」
「ええ。失敗してももうこの仕事には2度と戻る気にはなれないと思うけど、とにかく1度はオープンするものなら、この際思い切ってやってみようかなって思い始めたんです。それで私60人ほどお客さんを持っているんですけど、その人達一人一人顔を思い浮かべながら考えたんですよね。で、この人だったらお店に来て貰っても、私の過去をバラしたり不愉快な話はしそうも無いっていう人をピックアップしてみたんです。そうしたらたった10人だけどそういう人がいたんです」
「ほう。それは凄いじゃないの。たった10人だってゼロからの出発と比べたら段違いだよ。10人がそれぞれ1人の連れを伴ってくれば20人じゃないか。その連れを新しい常連に出来るかどうかは君の腕次第という訳だけど、ともかく腕を発揮するチャンスがあるんだから、それは大変なことさ」
「そうですね。で、その10人のお客さんの筆頭が社長さんなんです」
「ほーう。えっ? 僕のこと?」
「そうですよ」
「何で?」
「お店の話すると大体の人が、俺が力になってやるみたいなことを言うんです。それは有り難いんですけど、そういう人はこっちから願い下げなんです。そういうのは私と個人的関係を持ちたいっていう下心見え見えで厭なんです。悪く言えば私のヒモになってやろうっていう感じさえしてくるんです」
「そうだねえ」
「で、社長さんみたいに人ごとのように聞いてくれた人の方が頼れる感じがするんです」
「いやいや、そんなことを言ってはいけない。僕は親身になって自分のことのように聞いてたつもりだったんだ」
「それなら親身に私のお願いを聞いて下さいよ」
「ゲッ。と、と、とんでも無いよ。僕なんか金も無い、人脈も無い、無い無い尽くめの尾羽根打ち枯らした、しがない雇われ社長なんだから」
「そんなに羅列しなくてもいいですよ。別に社長さんに何かして貰おうなんて思っていないですから」
「そうか。びっくりした。まあ出来る限りの協力はしたいけど、恥ずかしながら出来ることが殆ど何も無いもんで」
「精神的な支えになってくれればいいんです」
「そう。それなら簡単だけど・・・、いや、ちょっと待てよ。精神的な支えってどういうこと?」
「厭だ。精神的な支えは精神的な支えですよ。別に金銭的な援助なんか期待してませんから」
「それはまあ嬉しいと言うか情けないと言うか、期待されても無い袖は振れないしなあ」
「だから、今度の休みに一緒にお店に行ってくれますね?」
「行ってどうするの?」
「ただ一緒に行ってくれればいいんですよ。私みたいな若い女の子が1人で誰もいないお店を見に行くなんて怖いじゃないですか」
「そういうことなら一緒に行ってもいいけど、夕方でいいかな? 一応6時までは事務所の拘束時間なんで」
「ええ、夕方の方が都合がいいです、私も」
という訳で、祐司は2週間後の火曜日にマリアの店に一緒に行ったのであった。
店は銀座の一等地にあるビルの5階にあり、1人でやるには少し広すぎるんじゃないだろうかと思う程の広さがあった。 これは数千万したに違いない。偉いものだと思った。 カウンターにズラッと椅子が並び、その後ろはかなり広く空いている。其処にマイク・スタンドが立っていて、小さなステージのようになっている。内装は全部真新しくて気持ちいい。棚には様々なボトルが封も切られずに沢山並んでいる。なるほどこれなら今すぐにでも開店出来そうである。