マリア-23
「君かあ。あれは酷かったな。一体僕はいくら払わされたと思っているんだ」
「いくらでした?」
「次の日二日酔いの頭で財布の中を勘定したら、約5万円も払ってることになるんだ。その内4万円くらいは君が飲んだビール代だと思うよ」
「厭あね。社長さん、勘違いしてるわ。私が飲んだのは社長さんの精子です」
「セーシ?」
「おちんちんから出るドロッとした奴」
「あっ。すると君は」
「マリアです」
「マリアかぁー」
「どうして分からないの? 2時間も顔付き合わせていたのに」
「いやあ、ご免ご免。何しろチャイナ・ドレスと裸しか見ていないもんだから、そういう格好されると全然見違えてしまって」
「飲み屋に5万円も使うんだったら、偶には私の所にも来て下さいよ。VIPカードは何度でも使えるんですから」
「あ、あれか」
「1年間有効なんですよ」
「そうだったね」
「飲みたければ私の所で飲めばいいじゃないですか」
「そうだね、今度はそうしよう」
「はい。これお土産です」
「お土産? 何処か旅行でもしたの?」
「いいえ、それは4ヶ月先の話です。それは此処に来るのに手ぶらでは来れないから持ってきたお土産」
「それはそれは。お客さんは多いんだけど、お土産なんて持って来る人は滅多にいないもんだから。何かな、開けてもいいかな」
「どうぞ」
「ウヒャー、これはこれは」
「出してみて。気に入ってくれた?」
「うーん。こんなに高い物を持ってくることは無いのに。いくら稼いでいると言っても」
「特別ですよ。誰にでも買ってくる訳じゃありません」
お土産というのはハンカチと靴下とブリーフのセットで、マリアの着ているワンピースと同じウンガロの物であった。
「そのワンピースとお揃いだね。ウンガロが好きなの?」
「ええ、大好きなんです。私の着る服は全部ウンガロなんです」
「そうか。それじゃこれを身につけると僕はマリアのことを思い出して店に行きたくなるという仕組みだね」
「そうだといいですね、本当に」
「ところで今日は休みなの?」
「はい。社長さんに言われてから私週に1日の特別日を減らして月に2日休みを取ることにしたんです。そうしたら疲れ方が全然違うんで、そうして良かったと思った」
「そうか。まあ、月に2日でも少ないくらいだけど、月に1回じゃいくら何でもね」
「はい。私体力には自信があったんですけど、やっぱり精神的に疲れていたみたいですね」
「そりゃそうさ。月に1回だと休んだ気にならないだろうと思うよ」
「ええ」
「でも、月にたった2回しか無い休みの日にこんな物配ってお客さん巡りしていては休んだことにならないじゃないか」
「そんなことしてません。それは社長さんだけに特別にプレゼントするんです」
「ほーう。嬉しいな。裏を返さないお客にはそうやってプレゼントして催促するのかい?」
「裏を返すってなんですか?」
「つまり、1回目はふとした弾みと言うか、ちょっとしたきまぐれ気分で行くだろう? でもそれで相手を気に入ると今度2回目はもう完全にその相手を目当てに行くっていうことになる訳だよ。それを裏を返すと言ってね、昔吉原なんかの遊郭で、女を買う時の一種の粋なしきたりとでも言うか、2回目で初めて本当のお客さん扱いをするというような意味合いがあったんだな」
「そうですか。でもそれはちょっと違うんです。私何故か社長さんのことが気になって、もう1度会いたいなと思って名刺の住所見ながら来たんです」
「それは嬉しいこと言ってくれるね。僕みたいな年寄りでも君みたいな若い子から1度はそんなこと言って貰いたいもんだと長年思っていたけど」
「しょっちゅう言われているんでしょう?」
「まさか、まさか。何しろ僕のフェロモンは全然効き目が無いって言われたばかりでね」
「あら、フェロモンなんて誰にでも効く訳じゃ無いのよ。特定の誰かに対してだけ効くんだと思うな」
「そうかい。それじゃ今まで会った女性が全部たまたま効き目の無い相手だったというだけなんだな」
「ええ。1人を除いてね」