マリア-17
「僕のことですか?」
「そう」
「それは有り難うございます」
「だけど花の名前くらいもうちょっと勉強しておきなさい。それから女性の顔をまじまじと見つめて美人だなあなんていうのは飲み屋で言うことです。こういう事務所で言う言葉じゃ無いでしょ?」
「はあ、済みません。以後気を付けます」
「それじゃ私は帰ります」
「あっ、お茶も出しませんで失礼しました」
「そんなの初めから期待して無いからいいのよ」
「済みません。先生に何か言伝ることは有りませんか?」
「別に無いわ」
「分かりました」
「貴方あのコンピューター使えるの? それともただの飾りかしら」
「いいえ。僕はコンピューターが趣味です」
「へえー。それは又偉いわね。コンピューター使える人間雇ったんだ」
「はあ」
「インターネットのモロ出しなんか見て遊んでいては駄目よ」
「あれはインターネットには接続されて無いんです」
「そう、残念だったわね」
「ええ」
「それじゃお邪魔しました」
次に倉田が来た時、当然この桃子という女性の来訪についても報告したが、そうかと言うだけで何の反応も示さなかった。
「随分若い奥さんなんですね」
「そんなに若い女じゃ無いだろう」
「でも会長と比べるとかなり若いですよ」
「馬鹿言え。俺の女房だと思ったのか?」
「会長のこと『うちの人』って言ってましたから」
「俺くらいの魅力があると、女は皆俺のことをそう呼びたくなるらしい」
「そうですかあ?」
「何だ、その疑った言い方は」
「ああ、男には男の魅力って分からないもんですから」
「そうさ。男の発するフェロモンて奴は女にしか分からんもんなんだ」
「会長はフェロモンを発しているんですか?」
「それはそうさ。誰でもフェロモンは出してる。あんたも自分で気が付かない内に出してるんだ。唯悲しいかな、あんたのフェロモンはあんまり効き目が無いっていうだけだ」
「酷いですね。僕のは効き目が無いんですか」
「その証拠にいい年しおって独身じゃないか」
「はあ。それを言われると痛いですね」
「誰か適当な女見繕ってやろうか?」
「結構です。遠慮させて貰います」
「何故だ」
「会長の好みと僕の好みは違いますから」
「贅沢言うな。好みなんて言ってられる年か」
「もうこの年になってしまえば今更焦っても始まらないですから」
「それもそうだな。ところで俺の好みってどんなんだ?」
「キャピキャピ・ギャルでしょう?」
「何だ? そのキャピキャピ・ギャルって」
「若くて元気でおつむがちょっと弱いって感じの女のことです」
「若くて元気でちょっとおつむが弱いのをキャピキャピ・ギャルって言うのか。それはいいこと聞いた。しかしちょっと言いにくい言葉だな」
「いいんですよ、そんなのいちいち憶えなくて。又何処かの店で物知り顔で使ってみようっていうんでしょう?」
「あんたじゃあるまいし。俺は黙って座ってるだけで女が騒ぐんだ」
「ちっとも黙ってませんよ、いつも見てるけど」
「変な所を見てるんじゃ無い。飲む席では馬鹿に徹することが出来なければ一人前とは言えないんだぞ」
「それで会長は馬鹿に徹しているんですか」
「ああ。何のために誘いを受けていると思っているんだ。ああいう所で馬鹿をさらけ出して相手にそういうイメーじを与えておけば何かと仕事がし易くなるんだ。本当言えば俺なんか飲めもしないんだからそんな所行きたく無いんだ。帰って早く寝る方がなんぼか有り難い」
「そうですかあ? 心底楽しそうに見えますけどね」
「あんたに見抜かれてるようでは、俺のような仕事は出来んのだよ。高木君」
「はいはい」