互恥明永続-1
祖父から手渡された本は、持ち帰ってもいいと言われた。
どんな内容かは、祖父もまったくわからないと言う。
内容がわからないということは、怖い部分もある。特に3世代間隔で伝承されることを考えると、かなり重要な内容が盛り込まれていることは予想される。
もしかすると、特命的なミッションが書かれていたらどうしたらよいのか。勘繰ってみればキリがない。
今日は、保育園のママ友の集まりがあるからと、午後からみなみは家にいない。
もし衝撃的な内容が書かれていて、みなみにまで影響するようなことであれば、色々と考えなければならない。
もしものことまで深読みするのは、考えすぎかもしれないが、それだけ重要なものであることを保管方法が示している。
それを見ると、臣吾は深読みせざるを得なかった。
家に帰ると、真っ先に自分たちの寝室に向かった。
臣吾たちの寝室は、10帖+ウォークインクローゼットと小さな書斎のあるレイアウト。
時計は3時を過ぎたところだった。
2時間くらいは、一人で読み込める時間がある。
書斎の椅子に座り、小箱を机の上に置く。
あらためて見ても、しっかりとした箱だ。
恐る恐るフタを開けると、そこには一冊の本が入っていた。他には何もない。
グラシン紙のようなもので綺麗に包んである。
紙をそっと取ると、これまた綺麗に装丁された臙脂色の本。
しかし、かなり新しいし、手垢などもほとんど確認できない。見た感じ、それほど年代を感じさせるものではなかった。
「けっこう新しいんだな」
かなり古くからの言い伝えかと、古文書的なものを予想していただけに、少し肩透かしを喰らったように感じた。
表紙には、「互恥明永続」と達筆な筆文字でしたためられていた。
とにかく中身を見てみなければ、と早速ページをめくってみた。
全編、達筆な文字で書かれていることと、現代の言い回しとは違う表現や、書き方であることから、内容をダイレクトに読み解くことは難しそうだ。
しかし、ページ数は6、7ページ程度で、たいした分量ではなかった。
ざっと読んでも、30分程度で読破できた。
完璧な解読は難しいが、おおよそ言いたいことは理解できた。
が、その内容は驚愕としか言えなかった。
まずは、須永家を代々反映させていって欲しい旨が書かれている。
これは子孫に対しての要望であり、まあ一般的だろう。
次に、地域に対するいわゆるリスペクトについてが書かれている。仲の良い地域性を考えても妥当な内容だ。
そして、最後の件が衝撃的だった。
簡単に略すると、最初にしたためられた子孫を繁栄させていくための具体的内容が書かれている。
その内容が、あまりにもフェティッシュな内容であることが、臣吾を驚かせた。
本、いやこの段階では手記と言ってもいいだろう。今風に言えば、コラムと言ってもいいかもしれない。
互恥明永続。
これを簡単に説明すると、家族が長年にわたって仲良くしていくには、夫婦仲を充実させることが最も重要である。
夫婦仲が良ければ、自ずと子孫繁栄につながっていく。須永家も安泰という訳だ。
そのためには、夫婦の間での隠し事は良くない。隠し事などせずに、互いの信頼関係を構築せよ。そのためには、もっとも恥ずかしい部分でさえも、開け広げることが必要だということ。
その具体的な方法も記載されていた。
時期も定められている。
時期は、毎年の祭りの時期。
肝となるその内容は、かなり簡潔に表現すると、性生活にかなりフェチなプレイを取り込みなさいというもの。
臣吾が、その内容を朧気ながらも理解した時には、驚くというより、呆れ返ってしまった。
「なんだよ、自分のフェチを正当化するために書いたのか・・・」
呆れ返りながらも、笑ってしまった。
フェティッシュなプレイは、どの時代でも他人に周知できるようなものではない。常に自分自身の胸の内に秘めたればこそ。
今では、フェチも一般大衆化されつつあり、以前ほどの後ろめたさはなくなりつつあるが、それでも特殊な癖に分類される内容ならば、なかなか他言できない。
フェチの種類とすれば、匂いフェチになる内容だった。
以下は、臣吾が要約した内容である。
祭りの日。迎え火〜送り火の日まで、夫婦とも身体を清めることを禁ずる。
但し、衆目もあるから、洗髪、洗顔、歯磨き、剃髭はしてもよい。
迎え火前日から、送り火終了までの交わりを禁ずる。
送り火終了後、深夜に交わりを持つこと。
交わる際、互いの全身をくまなく口で清めること。
特に陰部は、匂いを確認し、受け入れ難いものであることを確かめた上で、念入りに清めること。
まとめとして、古くから伝わる火を崇める尊い日に、夫婦の間で最も恥ずかしく、最も見せたくない部分を見せ合うことは、相手の全て受け入れることになる。その先、絆はより深くなるだろう。と、締め括られている。
「俺のご先祖様は、かなりの匂いフェチだな」
全編を要約すると、臣吾は苦笑いするしかなかった。
「しかも、あんたのフェチを美化して、大義名分的に子孫にまで強制するとか。でも、これはドン引きするでしょ。普通なら」
この内容自体は、先祖のフェチをカミングアウトしているようなものだから、たいしたことがないっちゃない。
ただ、これを先祖の言い付けとして、臣吾夫妻が受け入れるかとなると、かなり頭を悩ませる内容である。
ご丁寧に、神聖な火祭りを上手く関連付けてきているあたり、いかにも先祖代々遵守してきた儀式であることをアピールしている。
臣吾自身、この内容が須永家の末裔として、どこまで受け入れ、実践しなければならないのかを推し量りきれなかった。
正直、真偽のほどがどの程度の物なのかと、疑ってしまっている自分がいた。