青い芝生での午睡──白石由子の依頼-2
「あれは由子だね」
照井は音のする方向に視線を移動させた。
「ああ、そのようだね。面倒事じゃなければいいんだけど」
この上なく天真爛漫な笑顔と金銀の粒子を振りまきながら駆け寄ってきた掛け値無しの天使のような美少女が、白いマイクロミニのワンピースを翻して息を切らせて立ち止まった。
「照井と詩音にお願いがあるんだけど」
そう言った由子は芝生の上であぐらをかいた。丸見えのショーツが痛々しい。この女の子には羞恥心というものが無いのだろうか。
「…それは『照井達也』と『天羽詩音』へのお願い? それとも『村長』と『吟遊詩人』へのお願い?」
「勿論『村長』と『吟遊詩人』へのお願いよ。生徒としてのあんたらには成績も素行もなんの価値もないじゃない。特に詩音なんてホームレスだし」
「なんとも素晴らしい褒め言葉だね」
詩音は帽子をずらして身体を起こす。照井と違って、まるで重力を無視したような優雅な仕草は『吟遊詩人』の名にふさわしい。
「で、どうしたの?」
「発動したのよ、昨日『パープル・ヘイズ』が」
由子は昨日の経緯を熱を込めて説明した。
「だから、その『レイン』って男をなんとしてもメンバーに欲しいわけ。でも、あの世界は私にはどう行けばたどり着けるかわからないし、わかったとしても行けない」
由子は口唇を噛みながら悔しそうな上目遣いで二人を見つめる。
「沓水なら顔も広いし出来るはず。だから、あなたたちに連絡を取って欲しいの」
「学校に来たときに頼めばいいだけじゃん」照井があぐらの上に頬杖を突いて言った。
「急いでるの! もう、一秒でもいいから早く取っ捕まえたいのよ! 私の目的に最低不可欠な物が、手を伸ばして届くところにいるのにそれが解らない。あんた達みたいに『影』を自由自在に歩けないんだから」
「その代わりに『幸運』というものは掴めないけどね」と、詩音。
照井が皮肉っぽい笑みを浮かべて由子を見つめる。
「それって、拉致っちゃうって事じゃないの? それに『レイン』とやらがこっちの世界に来るとしても、言葉はどうするのよ。俺たち以外には話せないぜ」
「そんなの、お金で解決出来るでしょ!」
「そうか、お前金持ちだったものな…」照井がうんざりした顔で呟く。
「いつまでもあると思うなよ、親と金」
「うるさい! うるさい! うるさい! バンドがメジャーデビューすればお金は湯水のように稼げるわよ! それより連絡を取ってくれないの? 早くしてお願い!」
照井は眠そうに詩音の方を向いた。
「だとよ、詩音」
「やだね」一瞬の躊躇もない拒絶。
由子は髪を逆立てるようにして叫んだ。
「どうしてよ! 私に出来ない事を詩音なら簡単に出来る!『影』を一番上手に歩けるあなたにお願いしているの。どこが気に入らないのよ!」
「知っての通り、沓水は弁護士で多忙を極める。そんなことをお願いできる筋合いじゃない」
詩音は心持ち帽子を伏せて瞳を隠す。実は詩音は瞳の動きで完全に心を読まれることを自覚している。鍔の広い帽子を着用しているのには理由があるのだ。
「お願い。多分一生のお願いになると思う」
「人はその一生で何十回ぐらい『一生のお願い』をするのだろうね」
「………………………!」
由子は俯いて動かない。伸びっぱなしの雑草のような青い芝生に淡い影が落ちている。
詩音は立ち上がり、学園を仕切っている椿の生け垣の前に立って、一枚の葉を毟り取った。そして、由子の前に立つ。
「どんなに有名になっても、チケットは無料でくれる事、いいね」
潤んだ目で詩音を見上げた由子に満面の笑みが輝いた。
「うん! うん! 約束する。マジソン・スクエア・ガーデンでやるときには飛行機のチケットも往復ファーストクラス付きよ!」
詩音は椿の葉に手をかざし、指が複雑に交差する。そして聞き取れない小さな短い言葉を呟いた。