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「これ、着てみてよ」
「え? これって……」
ショッピングセンターでふと見つけた白いワンピース。
白一色のコットン、ところどころにレースをあしらっただけのシンプルなワンピース。
それを見かけたとき、レナに着せてみたい、これを着たレナを見たいという衝動が抑えられなかった。
そして、それを鞄に忍ばせ、レナの部屋に持ち込んだのだ。
「似合うよ、レナ……本当に可愛い、本当にきれいだ……」
「……嬉しい……」
シンプルな白いワンピースを着たレナは一幅の絵のようだった。
窓ひとつない、いつもと変わらない107号室、しかし、俺の目には青い空が、湧き上がる雲が、きらめく海が見え、爽やかな風が通り過ぎた、そしてその中に佇むレナの姿も……。
レナは勿論、そんな景色を見た事はない。
俺は頭の中に浮かんだ風景できるだけ詳しくレナに話して聞かせてやった。
レナが決してそれを体験できない事を知りながら……それを知らずに一生を終えるのが良いのか、イメージだけでも持った方が良いのか、俺にはわからなかった。
ただ、その話を聴いているとき、レナの顔は、瞳は夢を見るように輝いていた。
だが、クローンは私物を持つ事が出来ない、見つかれば取り上げられてしまうだけ、罰を受けないとも限らない。
俺はその都度ワンピースを持ち帰り、レナに逢ってはそれを着せて、二人で高原を、海を訪れる夢を語り、そしてそのワンピースを脱いだレナと愛し合った……。
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二週間ほどの長期出張に出なくてはならなかった、勿論その事はレナには話してある。
何日で帰るのかも。
きっと指折り数えて待っていてくれるに違いない、レナの笑顔を思い浮かべると思わず早足になる、駆け出してしまいたいほどに。
俺自身、早くレナに逢いたくて、レナと愛し合いたくてたまらないのだ。
だが、二週間ぶりに訪れた107号室はドアが閉まっていた。
「107号室は何時ごろ空くかな……」
「107号室? ああ、あなたですか」
「え?」
「107番は停止しましたよ」
「停止?」
「まあ、我々リアルな人間で言えば死んだと言うことになりますかね」
「死んだ?……まさか……どうして……」
「ここをこっそり抜け出したんですよ、この建物から離れれば心臓が止まる事を知っていながらね、遺体は50メートルと離れていない所で見つかりましたよ……馬鹿な事を……」
「そんな……」
「知っていますよ、あなたが107番にご執心だった事をね、107番もまんざらでもないようでしたからね、これはまずいなと思って同じ遺伝子の別のクローンとトレードする話を進めてたんですがね、ちょっと遅かったようです……法的にはあなたに責任はない、しかし、我々は107番はあなたのせいで停まったんだと思ってますよ……もうこのC-インには出入りして頂きたくありませんな」
レナがいないのならここに来る理由などない……フラフラと立ち去ろうとする俺の背中に辛らつな言葉が投げかけられたようだが、何を言われたの記憶にない。
レナが……死んだ……。
俺にはわかる、レナは青い空を見たかったのだ、白い雲を見たかったのだ、煌く海を見たかったのだ。
それを吹き込んだのは俺だ、俺がレナを海に、山に連れて行きたいなどと夢想したせいだ。
心臓が止まるとき、レナは何を見たのだろうか。
空は、雲は見られたのだろうか……都会の汚れた空であっても、海を見る事は叶わなくとも、それだけは見ていて欲しいと思った。
俺の顔を思い浮かべてくれただろうか……レナを死なせた張本人だとしても。
レナと同じ遺伝子を持つ別なクローン?……レナと同じ顔、同じ姿のクローンはきっと沢山いるのだろう、だが、レナは一人しかいない。
俺が愛したレナはもうこの世にはいないのだ……。