人-1
由布子さんの唇を親指でなぞる。
「愛してるよ」
何度飲み込んだか分からないその言葉を
思う存分、口にする。
「由布子さん、愛してるよ」
相手の反応を確かめるための告白じゃなくて
俺の気持ちを伝えたいためだけの告白をする。
大きな窓のその部屋は、眼下に広がる横浜湾が
月の光を反射させ、部屋の中まで明るかった。
大きなダブルベッドに彼女を横たわらせ、彼女の顔の両端に手を突き上から見下ろす。
「由布子さん、愛してるよ」
「私も。愛してる」
様々な思いが頭と心を駆け巡る。
それはきっと由布子さんも同じだろう。
お互いに何もない、恋人同士のようにはいかない。
でも、それでも兄貴とのあの時間があって今の由布子さんで
兄貴がいなければ俺は由布子さんに出会えなかった。
ゆっくりとキスをしながら彼女を抱きしめる。
俺の重さを彼女に押し付ける。
俺だけを見て。
その言葉を言うのは容易ではない。
兄貴を裏切っているようで俺も由布子さんも切なくなるから。
それでも、
「この瞬間だけは俺だけを見て」
なぁ、兄貴。
この瞬間だけはどっか行っててくれよ。