想-1
「博之?」
夕日に照らされた俺の顔を、眩しそうに眺めて
目を細めて何も考えずに、思わず由布子さんが言った言葉がそれだった。
あ、ぁ。
俺はじっと目を固く閉じる。
ここに前に来たのは、もちろん兄貴とで。
由布子さんはその思い出に浸っていたんだね。
兄貴にそっくりの俺の顔を見て
由布子さんは俺と来ている『今』よりも
兄貴と来た『あの時』に心が飛んでいたんだね。
由布子さんが呼んだその男の名前は兄貴だった。
2人とも無言の空気が時を刻み
お互いに何と言っていいか分からなかった。
なぜ、俺は由布子さんに「ナツ」と言ったのか
なぜ、由布子さんは俺に「博之」と言ったのか・・・
俺たちは、兄貴の面影にいつまで振りまわされないといけないのか。
ゆっくりとまぶたを開くと、困った顔の由布子さんがいて
もう何も言えなかった。
足元の薄氷が割れた瞬間だった。
いくら好きだと口にしても
いくらキスをしても
由布子さんの心の奥底は見ることはできない。
俺は兄貴に勝った訳じゃない。
まして勝負ですらない。
兄貴がいないから、由布子さんは俺の隣にいるだけだ。
そう、改めて思い知らされたようで
さっきまで浮かれていた自分自身を蹴り飛ばしたくなる。
「あ、の」
それでも、何か言わなければと
口を開いた由布子さんにこれ以上気を遣わせたくなくて。
いや・・・
気を遣われたら返ってみじめになりそうで
俺はわざと明るい声で話しだす。
「風も出てきたし、帰ろうか」
もう、ココに居たくない。