第9章 真っ赤なリース-4
「!?ま、まじかよ!!俺が逃げるまで待ってくれる約束だっただろうがよっ!クソ!!」
吉川は家の周りを取り囲むように激しく燃え上がる炎を見て焦った。朱音との話では吉川が逃げるのを確認してから家の周りに火をつけるはずであった。この時初めて朱音に裏切られた事に気付いた吉川は、すでに燃え盛る家の中、手で口を塞ぎ炎の向こうの逃走口を探していたのであった。
「真っ赤なお鼻の〜、トナカイさんが〜♪」
朱音は田澤の家を立ち去ると、鼻歌を歌いながら田澤の家がよく見えるビルの屋上に登った。微風に髪を揺らしながら暗闇に一箇所だけ異様に浮かぶイルミネーションを見つめた。そう、朱音にとっては今までの人生の中で1番輝くイルミネーションであった。
「アハハ!超キレイ…。あの真っ赤なリース。」
それはクリスマスの夜、月の明かりのみの暗闇の下、鮮やかな赤色のクリスマスリースに見えた。その余りの鮮やかさに朱音は瞳を輝かせながらクリスマスソングを口ずさみ、微笑んでそれを見つめていた。
「真っ赤なリース…。何か全てがリセットされたみたい…。」
この一年、抱えていた闇が全てあのリースに吸い寄せられた気分になった。
「あー、気持ちいい…。」
その気持ち良さは田澤の指先から得た快感よりも何倍もの快感に感じる。エクスタシー寸前の興奮を感じていた。
「ようやくあの呪縛から逃れられそう…。」
鮮血に染まったあの事件現場の赤。朱音はずっとその残像に苦しみ続けて来た。しかし目の前に輝く鮮やかなイルミネーションを見ていると、それら全てを燃やし尽くしてくれたような気がする。
「田澤さん、一年間、あなたに面倒を見て貰えて本当に良かったわ…。あなたの言う通り、私を救ってくれた。今、ようやく私は立ち直る事が出来ました。私の為にずっとありがとうございました。これからはしっかりと自分だけで生きて行けます。本当にありがとうございました。そして…」
その瞬間、朱音は瞳以外、満面の笑みを浮かべて言った。
「さようなら…。」
と。その瞳には激しく燃え盛る真っ赤なリースが不気味に映っていたのであった。
「最高のクリスマスイヴ…。」
時計の針が0時を回ると、朱音は真っ赤なリースを背に全ての物を凍らせてしまうような笑みを浮かべながら暗闇に消えて行ったのであった。