僕は14角形ーCracked pieces B-4
夕食は昼食と打って変わって純海鮮和風料理となった。
「和食と言ったら、やっぱり日本酒かな?」
「日本酒? 詩音は意外と軟派なんだね」
そう言って郁夫は一本の陶器の甕のような物をテーブルの上に置いた。
「沖縄の波照間島に知り合いがいてね。特別に秤り売りしてもらった。焼酎古酒の頂点、『泡波』30度」
意外や衣良の瞳が光った。
「知ってる。波照間では一本五百円なのに、那覇に来ると五千円になるっていう、あれね。なんでもバナナみたいな味がするって聞いているけど」
二人が焼酎談義を交わしている隙に、詩音はすでに飲んでいた。どれだけ酒に意地汚いのだろう。将来は間違いなく閉鎖病棟行きだ。
「あ、詩音いつの間に」
「…少しは教育って事をしなくちゃねえ」
などと言いながらも手は二人の間で交錯する。結局はこの三人、同じ酒飲みなのだ。一人14歳という圧倒的に違法なのが混ざっているのが問題だが。
「詩音、この生しらす生姜と一緒に」
「ん〜〜」
「詩音、この鮑の肝が最高に美味しいわよ」
「ん〜〜」
「…このマグロ、脂が乗っているし」
「ん〜〜」
「私は老人介護のボランティアじゃないのよ」
「ん〜?」
ここいらへんは完全に天然だ。取り返しが付かないことを身をもって知る。しかし、箸の上げ下ろしひとつ取ってもいちいち仕草が美しいのは気のせいなんかじゃない。姫乃といちごは完全に二人の世界に行っているし。
「お姉様、今日の夜のお話は?」
「小人の一族の勇者が旅をしてね」
「うんうん」
「気持ちの悪いぬるりとした化け物に追いかけられて」
「きゃあ、怖い」
「最後には悪い悪魔をやっつけるの」
「お姉様、私が眠るまで手を離さないでね」
それ、指輪物語だろ。
部屋は有り余っていると言うのに、姫乃といちごは同室どころか同じベッドらしい。これはこれで世間的には申し訳が立たないが、詩音と私も同室だ。まあ、郁夫の夜這いなどという有事を考慮しての事だけど。万が一があったら、詩音は流れに身を任せてしまうだろうし、郁夫は天国に召されてしまう。
まるで鏡のような月が水面を輝かして眩しいぐらいだ。部屋を巡る風は真夏だというのに信じられないぐらい透明で快適だ。名も知らぬ植物で織られたベッドは心地よい弾力を提供してくれる。
詩音の寝顔はいつにも増して美しく、こうやって月光の下の姿はまるで神話を描いた物語の一ページのようだ。それほどまでに詩音は神々しい美しさを放っている。
『贄は美しいほどに力は強く、拡がって行くものだ、娘』
祖母の話が自然に思い浮かぶ。
『そして強い力を宿した贄は強い香りを放つ。多くの者に追われるのだ、巫女よ』
祖母の話をそのまま詩音に当てはめると、おそらくこの百数十年かそれ以上か、空前絶後の「贄」としての存在になるだろう。
しかし、贄は例えるならば核弾頭そのものであり、自らの意志は持たない。悲しいことに、ロケットとなり目標を定めボタンを押すのは巫女たる私の力。それが「ほうせんか」のシステムだ。
楽しい時間は好きなだけ味わっておくといい、少年よ。
再び溶け出して流れる景色を詩音は眺めている。また濁流のようなデータを飲み込んでいるのだろう。
「慌ただしい旅になってしまいましたね」
逞しいバリトンが車の中に響く。
「仕方がありません。高校生と言っても結構忙しいものです」
無言が車内を満たしてから、再びバリトンが響く。
「まあ、普通の高校生なら、ですけど」
ベンツ6.9は森と海の道から抜け出て、やがてインターチェンジへと音もなく走り続けた。