僕は14角形ーCracked pieces B-2
到着した草冠の別邸は海から十数メートル高台の岩の上に聳え立っていた。あきれるほど大きい、洋風の建物だ。詩音も私も手ぶら。荷物を持つことを伊集院は許さなかった。大きく突き出た寿の下に衿ぐりの大きな黒いロング丈タンクトップに黒いレギンス風のスキニーパンツといった、海の楽しみとはほど遠い姿の寮母である衣良が立っている。まあ、私も黒のフルレングスパンツに手首までのアニエスのシャツだから関係ないけど。
「お邪魔します、衣良さん」
「はろはろ、衣良」詩音が軽くスキップする。
「あのねえ、綿星はいいけど、詩音は最近私になれなれしくないかしら? まあ、私の夜のお菓子だから許すけど」
「僕は浜松のうなぎパイじゃありません!」
いつも通りのじゃれ合いだな、と思う。なにしろ詩音は三日に一度は寮の一階に下りて衣良と酒を飲んで潰れるのだ。二階まで担ぎ上げる私の身にもなって欲しい。ま、軽いからいいけど。
「しっかし、二人とも胸がないね〜、私と姫乃のを分けてあげようか」
「遠慮しておきます」
「……貰ってもいいけど、僕の大切な何かが失われてしまうような」
「ここに居るのは全員お前が男だって事知ってんだよ」思わず詩音の尻に蹴りを入れてしまった。飛び上がってハニーボイスどころか幼女のような奇声を上げる所が信じられないほど可愛らしい。
「くぅぅぅぅうっ!」
歯ぎしりと渾然一体となったうめき声は階段の上から聞こえた。
サーモンピンクに染められた長い髪が鮮やかな深紅のマキシ・ワンピースの上で震えている。いや、こんもりと豊かに盛り上がった胸の上に、と言うべきか。
「……男なんだよなあ、ちくしょう。やっぱ手術しときゃよかった」
「先輩! それだと確実に僕の大切な物が失われます!」なんて下品な同居人。
しかし、丈は長いがノースリーブな上に胸元が極端に開いていて、同性の私でも目を逸らしたくなるほどの濃密な色気にくらくらする。その背中に貼り付くように茶色のくせっ毛とひらひらしたワンピースが見え隠れする。
「あれ? 早かったね」
奥の廊下から、最近妙に光り物が増えてきた青年が現れる。料理でもするのだろうか、白い麻のシャツとパンツにストライプの入った奇妙なエプロンを着けている。
「いらっしゃい、詩音。楽しめそうだね」光り輝く白い歯が憎らしい。
「だーかーらー、ジャックダニエルってのはテネシーウイスキーであってえ、バーボンではないの……違うの。郁夫………眠い」すやすやすや。
「では、俺が部屋にお持ち帰りに──」にやにやにや。
私が両目を素早く突いて、郁夫が床でじたばたしているうちに詩音を担いで階段を上り、二階のテラスにある寝椅子に横たえた。
遠く霞がかかり、水平線が滲んでいる。一瞬このまま日の当たる方に押し出して思いっきり日焼けさせてやろうかと思ったけど、前に詩音が陽に当たるとすぐに火傷を起こしてしまうのを思い出して踏みとどまる。
日陰の風通しの良い寝椅子の隣に腰掛けて、詩音の寝顔を見下ろす。海風は強くなく、肌にねりつくような不快感もなく、実に爽やかだ。
彼は「贄」であり、私はやっぱりそれを守る「巫女」なのだ。
気が付くとそばには片付けが終わった衣良が立っていて、意味ありげにショッピングバックを掲げて中身を拡げて見せた。私は思わずにんまりしてしまう。衣良と私の仕事は手早く終わらせた。詩音は一度眠ると滅多な事では目覚めない。